第七章 戦争 パート9

 まさか、そんなことは無いだろう。グミはそう考えて、今想像した嫌らしい思考を追い払うように一度頭を左右に振った。きっと疲れているせいだ、と考え直してからグミは階下へと降りることにした。とにかく、カイト王に援軍を派遣させるという当初の目的は果たせたのだから、まずは良しとするべきであるはずだった。そう考えながらグミは二階に降り立ち、壁に立てかけてあるアンティークの様に古びた時計を眺める。午前九時、出立までは後三時間はあるだろう。それまでどこで身体を休めるか、薬草でもあれば自身で薬湯を作って体力を回復させることも出来るけれど、と思案して立ち止った時、背後から驚きの為か、上ずった声がグミにかけられた。
 「グミじゃない、何をしているの?」
 聞き覚えのある声に振り向き、そこに立ちつくしていた人物の姿を視界に納めてグミは思わず意味のない、吐息交じりの声を漏らした。桃色の髪に、何年経過しても変わらぬ美貌の持ち主、即ち魔術師ルカがその場所にいたのである。ルカはグミにとっては師匠に当たる人物であった。まだ幼い、グミがようやく自我に目覚めた頃に偶然出会ったルカは一瞬でグミの持つ天性の魔力に気が付き、そしてその後数年間の間グミを魔術師として鍛え上げたのである。そのルカとも別れて緑の国へと仕えるようになったのは、小国の方が自身の才能を高く買ってくれるだろうという子供じみた思考もさることながら、師匠と同じ国に仕えることが何となく恥ずかしかったという、反抗期の少女としての思考も十分に働いていたのである。しかし、思春期もとうに終わりを迎えたグミが今更ルカに対して妙な反抗心を意識する訳でもない。ただ、予想していない人物の登場に驚いただけなのである。
 「ルカ様、どうしてここに。」
 「ちょっと調べ物で。」
 ルカは何かを誤魔化す様にそう言うと、先程繰り返した質問をもう一度グミに向かって投げかけた。
 「それで、グミはどうして青の国に来たの?緑の国に仕えているのではなくて?」
 どうやらルカ様は黄の国の緑の国への侵攻についてご存じないらしい。悪びれる様子も、気まずそうな様子も見せないルカに対してそう考えたグミは、それでも口元を歪めてからこう言った。今は敵同士のはずだ、という妙な敵愾心が生まれていることに自身で気が付く。
 「ご存じないのですか?黄の国が緑の国へと攻め込んできたのです。」
 グミがそう言った時、明らかにルカの表情が青ざめた。いつも冷静なルカ様もこんな表情をすることがあるのね、と考えたグミに向かって、強い調子でルカが言葉をグミに向けてぶつけてくる。
 「そんな、馬鹿な!だってアキテーヌ伯爵がそんなこと許すはずがないわ!」
 「事実です。今頃はネル殿が必死に戦っているはず。私はカイト王に救援を求めに駆けつけたのです。」
 「一体どうして。それで、カイト王は?」
 「快く救援に応じてくれました。本日の午後には緑の国へと出立する手筈です。」
 グミは自身の功績を誇る様に僅かに胸を張ってそう言った。師匠であるルカに対して少しでも認めて貰いたい、という心理が無自覚の奥底に会ったことは否定できないが、ルカが問題としているところはその点ではなかったらしい。グミの言葉を受けて苛立ったような表情を見せたルカは、グミに向かって小さく、それでも鋭く、こう言った。
 「グミ、私の私室に来なさい。ここでは話しにくいわ。」
 そう言うと、グミの意見も聞かずに踵を返し、二階の廊下を歩んでゆく。相変わらず、私の意見を聞いてくれない人だな、と考えて少し不機嫌に頬を膨らませたグミだったが、それでも師匠であることには変わらない。仕方ない、と考えてグミはルカの後ろについて歩き出した。どうやらルカの私室は青の国の王宮の二階に用意されているらしく、そのまま二階の廊下の一番奥まで歩いて行ったルカは廊下から見て左側の扉に手をかけて、普段よりは落ち着きなく扉を開く。無言でグミを招くルカに半ば呆れたグミだったが、敢えて何も言わずにルカの私室へと入室した。グミが身体を私室に移すと、ルカが扉を閉め、そして鍵を掛けた。ルカの私室は、グミが訪れた青の国の王宮の他の部屋と変わらず、簡素な部屋だった。壁際にある、寝心地の悪そうな寝台以外には執務用の机と、長机しか存在しない。その長机に用意されている木製の丸椅子に座る様に指示を出したルカは、続けてこう言った。
 「大分疲労している様子ね。」
 「緑の国から駆け続けて来たので。」
 確かに疲れている。今はあの寝心地の悪そうな寝台で構わない、一寝入りしたいという欲求を感じながら、グミはそう答えた。
 「少し待って。薬湯を作るわ。」
 そう言うとルカは私室の左側の壁にある扉に手を掛けた。どうやら調理場らしい。その奥にルカの姿が消えると、グミは一つ溜息をついて、そして無意識のうちに瞳を閉じた。眠たくて、仕方なかったである。

 全く、この子は。
 薬湯を用意し終わり、再び私室へと戻って来たルカは、堂々と船を漕いでいるグミの姿を見て思わずその様に考えた。相変わらず無茶をする子ね、と思わずにはいられない。愚弟程可愛いと言うが、確かにその通りだわ、とルカは考えて、そして長机の上に静かに薬湯を置いた。疲労回復に効果のある茶葉をブレンドし、更にルカの魔力を込めた特別製だ。これを飲めば眠気などすぐに吹き飛んでしまうけれど、このままこの子の寝顔を見ているのも楽しいかもしれない。そういえば、昔はよくこうしてグミの寝顔を眺めていたな、と考えながらルカはグミとは長机を挟んで真向かいにある丸椅子に腰かけた。そのまま頬杖をついてグミの寝顔を眺める。昔に比べて大分女性らしくなったが、綺麗な二重と、誰もがうらやむような長い睫毛は幼いころから変わらない。恋の一つでもすればもっと美しくなるのでしょうね、とルカは考えて、ふと自身が唯一愛した男性の事を思い出した。彼と共に戦い、彼の子を孕んで、彼の子を産んだ。そして彼の子を育てて、今は彼の望み通りに、ルカが数十年かけて体得した不老魔法を使用して、彼の子孫を守る為に永遠とも思える命を享受している。彼の子孫は今もミルドガルド大陸に無くてはならない人物として活躍しているけれど、それがいつまで続くのか。死後魂が向かうという天界からミルドガルドを覗き見ているだろう彼はどんな想いで私と、そして私たちの子孫の姿を見ているのだろうか。ルカがその様に思い出に耽っていると、グミが余計に大きく船を漕いだ。首が落ちるのではないのかという程に身体を揺らした後、グミが唐突に目を見開く。自身の身体の動きで目が覚めたらしい。
 「目が覚めた、グミ?」
 もう一人。もしもう一人だけ娘を産めるのなら、グミみたいな娘が欲しいわ。放心したようにぼんやりと焦点の合わない視線を動かしているグミを眺めながらルカはつい、そのようなことを考えた。
 「あ、はい。すみません。」
 どうやらまだ覚醒しきっていないらしい。グミの甘えたような声に対して少し微笑んだルカは、グミに向かってハンカチを差し出すと、楽しげにこう言った。
 「涎。」
 「え・・あ!」
 寝ている内に零れたらしい口元の液体に気付き、年頃の少女らしく恥ずかしさに頬を染めたグミは奪い取る様にルカのハンカチを手に取り、そして大慌てと言う様子で口元を拭った。化粧に興味が出始める年頃だろうに、未だに口紅を塗るという意識がないらしい。それは純粋だと評価すべきなのか、それとももう少し年頃の女性として意識しなさいと注意すべきなのか。無造作にハンカチを拭いても崩れないグミの口元を見てそう考えたルカは、まるで母親の様に優しくこう言った。
 「お茶を用意したわ。眠気なんて吹き飛ぶはずよ。」
 「は、はい、ありがとうございます。」
 恥ずかしいところを見られたせいか、妙に素直にそう答えたグミは湯気が溢れ出しているティーカップを手に取ると、その中に注がれている褐色の液体にゆっくりと口につけた。少し熱かったのか、幾分時間を置いて、ゆっくりと飲み干して行く。少し艶が失われていた肌に血色が戻り、覚醒しきっていなかった意識が目覚めて行く様子がルカにもよく見てとれた。流石に、若いだけあるのだろう。他の人間よりも効き目が良いみたいね、とルカは感じた。やがて、小さな、心地の良い音と共にティーカップを机に置いたグミに向かって、ルカは口を開いた。
 「それで、カイト王は何と言ったの?」
 「午後には出立する、と。」
 先程も言っただろう、と言う様子で語気を強めたグミに向かって、ルカはもう一度質問を投げ返す。
 「違うわ。黄の国の軍が動いたことを、カイト王は認識されていなかったの?」
 その質問を受けた時、グミはあ、と小さく声を漏らした。何しろ、三万の兵士が動いたのである。小国故に強力な情報網を持ち合わせていない緑の国ですら侵攻開始の五日後には進軍情報が届いたのだ。それを、緑の国よりも精度の高い情報網を持つ青の国が認識していないはずがない。ルカの元にその報告が届かなかったことは理解できる。ここにいるということは相変わらず放浪の旅を続けているということだろうから、最新の情報を入手するには不利な立場にいることになる。しかし、カイト王は違う。下手をすればミルドガルド大陸で最も情報を手に入れやすい立場にいながら、何故。そう考えて、グミは先程思い浮かんだ最悪の想像をもう一度脳裏に反芻した。
 『カイト王はミク女王を愛しているの?』
 その疑問が正しいことの様に感じ始める。黄の国の侵攻軍についての情報は既にカイト王の元へと届いているはずだ。そして、本当にミク女王を愛しているなら、こちらの援軍要請の前に行動を起こしているはず。それをわざわざ私の到着まで待った理由は何?カイト王の狙いは何?
 「彼は、何かを企んでいるわ。私にもそれは分からない。ただ、ミルドガルド大陸を揺るがすような何かを、確実に考えているわ。」
 ルカがグミの思考を補足するようにそう告げた。
 「私は、どうすれば。」
 私では最善の行動を選択することが出来ない。グミはそう考え、藁をも掴むような思いでルカを見つめた。そのグミに対して、ルカは力強く頷くと、優しくこう言った。
 「私も救援軍に同行するわ。カイト王が何かをしても、私が必ず食い止めて見せる。」
 強い視線でグミを見つめながら、ルカはそう断言したのである。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

ハルジオン33 【小説版 悪ノ娘・白ノ娘】

藤田「うぃーす!第三十三弾です!」
みのり「ちょっと!それあたしのセリフだから!」
満「いつまでいるんだ藤田。」
藤田「いいじゃんかよ~。最近出番が無くて暇なんだよ~。」
満「お前はコンビニの娘と宜しくやってろ。」
藤田「俺だってそうしたいよ!でも、コメント見る限り明らかに寺本の方が人気あるし・・。」
みのり「仕方ないわ。幼馴染は正義だし。」
藤田「可愛い顔して言うこと言うなあ・・。」
満「意外と毒舌だぞ、みのりは。」
みのり「ねえ、それより作品の解説に行こうよ、満。」
藤田「うぉーい、俺は無視かよ!」
みのり「ベーっだ!あたしのセリフ奪った罰!」
満「もういい。とりあえず、ルカとグミについて。」
藤田「おい、それよりもグミの『ご存じないのですか?』発言だろう!」
満「『マク○スF』のラ○カが自分で言ってしまったよ、って言いたいところだろうが、別にネタじゃない。」
藤田「本当かよ?」
満「いや、30%くらいはネタだけど。」
藤田「ネタじゃん!」
みのり「そんなこといいから!で、ルカとグミについて!理想の母娘像ね。」
藤田「レイジさんは男兄弟だから、本当に妄想を詰め合わせただけの文章だけど。」
みのり「(さりげなく無視)あたしもお母さんにそう思われていたのかな・・?」
満「そうじゃないか?ルカとグミは血は繋がっていないけど、本当の母娘ノ様に書いているからな。逆に血が繋がっていないからこそ理想像を体現出来るのかも知れないけれど。」
みのり「最近暗い内容ばっかりだったから、たまにはこういう話もいいよね。」
藤田「では、次回・・。」
みのり「ちょっと!それあたしのセリフだから!では皆さん、次回投稿でお会いしましょう☆出来る限り今日もう一本投稿するようにします!それでは♪」
藤田「最後まで弄られキャラかよ・・。」

閲覧数:294

投稿日:2010/04/04 21:01:00

文字数:4,296文字

カテゴリ:小説

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