「ぼくは、あなたのことを愛しています」

そう言った、彼の瞳は虚ろだった。
けれど温もりのある声だった。

だから、私はそっと手を伸ばして彼の頬をなでた。
私の行為に彼は驚いているみたいだったけど。

「帯人」

「……」

帯人の頬は暖かい。
ボーカロイドと人の境目なんて、ずっと昔から、ないのかもしれないね。

「ありがとう」

彼の言葉を聞いたとき、彼の心に触れたような気がした。
今までの恐怖は消えてしまって、ただ私のなかには喜びが残った。
嬉しかった。

「…ま、すたー?」

「そう言ってくれると、すっごく嬉しい」

そう言ったとたん、彼の瞳からぽろぽろと涙があふれてくる。
私は人差し指で、そっと涙をすくう。

「どうしたの?泣いちゃってさ」

「…わからない。けど、嬉しくて…」

「もしかして、私が「嫌い」とでも言うと思った?」

「………」

黙る帯人の頭を、私はぽんと軽くたたいた。

「バカタイトっ。そんなわけないじゃん。


 家族なんだから、さ。」


もう、家族なんだからさ。

帯人は目を丸くして、そして急に泣きじゃくり始めた。
泣いているのか、笑っているのか、よくわからない顔だった。
それがすっごく不細工で、すっごく可愛かった。

帯人はぎゅっと雪子を抱きしめて、雪子の肩で泣いた。
声を上げて泣いている彼はまるで子どもみたい。
雪子はそっと、あやすように背中をたたいてあげた。
小さい頃、母親がしてくれたように。
優しく。

しばらくしてから、雪子は帯人に問う。

「もう、大丈夫?」

「……(こくり」

「そっか。よかった」

「……ますたー、ごめん。
 頭のなかがぐちゃぐちゃになって、よくわからなくなって…。
 今まで我慢してたことが、あふれ出て…。
 …本当にごめんなさい」

「いいよ。全然怒ってないし、気にしないでっ♪」

「………嫌いになった?」

「ぜぇーんぜんっ♪」

(だって、あなたのせいじゃないもん。
 ……きっとこれが《エラー》ってやつなんだ。
 人間の《キレる》ってのと同じようなことなんだと思う)

「私が全部、受け止めてあげる」

不安げな帯人にむかって、雪子はニコッと微笑んだ。

「だって、私は帯人のマスターなんだもの」

悲しいことも、苦しいことも、
1人で抱え込まないように、一緒に持ってあげる。
その代わり、
幸せなことも、楽しいことも、全部一緒に共有しよう。

約束だよ。


帯人はようやく雪子の体から離れて、立ち上がる。
立ち上がろうとする雪子に手を差し伸べる帯人。
その手をそっと握ると、帯人は微笑んだ。
その笑顔はとっても可愛かった。

気分転換にレモンティーを飲もう。
きっと気分だってすっきりするよ。
せっかく、そう思っていたのに………。

簡単に、日常は崩れてしまうんだ。



「馬鹿みたい」

次の瞬間、窓ガラスが大きな音を立てて割れた。

まるでスローモーションのような視界で、私は見た。
ガラスの粒子が日に映えて、きらきら光る。
一つ一つの欠片が、星みたいにしゃらしゃらと音を立てる。

そんなきれいな世界で、鮮血のような赤をなびかせる少女がいた。
口元を歪ませて、目を爛々と輝かせて、その両手には斧を持って。

そして静かに笑う。

「笑わせないでよ」

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

優しい傷跡 第12話「家族」

【登場人物】
増田雪子
 帯人のマスター
帯人
 《エラー》に陥ってしまったボーカロイド
呪音キク
 連続殺人事件の犯人

閲覧数:1,365

投稿日:2008/11/29 14:15:24

文字数:1,380文字

カテゴリ:小説

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