「…あの。清水谷っていう人は…常磐とどういう関係?」
憤慨をそのままに、荒々しい足取りで高級住宅街を闊歩していたが、カイトの言葉にぴたりと足を止め、振り返り鋭い眼を向ける。もし殺気だけで人が殺せるならば清水谷は今頃苦悶の表情で息絶えていることだろう。 メデューサに見据えられたカイトは石になったりすることもなく、どこか複雑そうな視線を返すばかり。
「どういう関係も何も、いっぺん仕事受けただけよ。しかもアレは大江 修との最初の仕事だった。最ッ悪。断る気でいたのに、強引に話進められちゃってさ」
「随分親しげに見えたけれど」
「あの男は世の中の全ての女性に対して親しげよ。 どっかの雑誌で世界中の国の女性と恋人になってみたいとか言ってたわね。私に構うのは私が最初からツンケンしてていつもの美人才女とは違う“家庭料理”だから。死ねばいいのに死ねばいいのに死ねばいいのにもしくは去勢でもされちゃえばいいのに。というか見ててわからなかった?」
焼けるような恋でも蕩けるような愛でもなく、薄っぺらい興味本位が見透かせなかったのだろうか。ヤツのくだらない好奇心から身を守るために、危険を承知でカイトを連れて来たというのに、盾にも矛にもならなかった。 ボーカロイドに人間の恋愛事情をどうにかしてもらおうと目論んだ私の方が間違っていたか。 ―――それに清水谷の人脈も侮っていた。まさかカイトを知っていたなんて思いもしなかった。
「…カイトは、清水谷のこと覚えてないの?」
「データがあちこちすっ飛んでるから」
「そういえばそうだったわね…」
まあ覚えていたところで何がどうなるわけでもないが、事前に知っていたならば、カイトを連れていこうだなんて思わなかっただろうに。ため息をついて頭を抱え、今後の行く末を嘆く。 清水谷は確かに色狂いだが、馬鹿ではない。各国にチェーンホテルを持つ、超のつくカリスマ経営者なのだ。 弱味を握られた以上、どこまでも利用されるだろう。 彼が飽くまで。
「…まあ、とりあえずリンは無事そうだからいいわ。次はレン。…妙な所に追いやられてないといいけれど」
渡された名刺を見る。書かれているのは案の定女の名前だ。肩書きはインテリア・コーディネーターで、そう遠くない場所に住んでいるらしい。整えられた歩道をゆっくり歩きながら、アポイントをとるために携帯で彼女の仕事場に連絡を入れる。すると彼女は今日は休みを取っている、とのことだったので、今度は自宅の方へ連絡を入れる。何回かのコールの後で受話器があがり、はきはきした女性の声が応答に出た。
「あ…こんにちは。清水谷 リーアムさんの紹介でお電話しました。若草 常磐といいます」
『…リーアムの? 彼とはどういう関係?』
刺々しい威嚇するような声色に思わず苦笑を浮かべる。 電話だからわからないだろうが、きっと顔を合わせれば“ソウイウ関係”ではないことをすぐに理解するだろう。 直接会った方が角をたてずに話せるはずだ。
「あなたが清水谷さんから譲り受けたボーカロイドのことで、少しお話がしたくて」
『…何、あんたも?』
「………、あんた、も?」
『悪いけど、話なら家に来て直接してくれない? 今 人が―――』
ぶつん。
通信は、不気味なほど呆気なく、途切れた。 一瞬何が起こったか理解出来ずに、携帯を耳にあてたまま凍りつく。 徐々にせりあがってきた恐怖と不安が、凍りついた体に動くよう命じ、先程かけた番号を再びコールする。間違って通話を切ってしまっただけならきっと出てくれると信じて。 だが待てど暮らせどそのコールを取る人間はいない。 電話は諦めてタクシーを拾い、名刺に載った彼女の住所へ向かってもらう。
「常磐、」
「大丈夫よ、間に合う、そう遠くないんだから」
「駄目だ」
私の知っているカイトと全く違うはっきりとした否定に、目を丸くしてカイトを見つめる。 澄んだ青色の双眸。静かな海面に映り込んだ私の強張った表情。
「…駄目だ、常磐。 無理はしないで」
「でも、」
「彼女が心配なのはわかってる。 …“レン”が心配だってことも。 けれど、無理は駄目だ。そういうのは僕に任せて。君は―――君は、“たった一つ”なんだから」
…タクシーの運転手を気にしての、様々なワードをぼかしての言葉だったけれど、言いたいことは伝わった。 嫌という、くらい。 目蓋の裏側に過るばらばらにされたカイトの姿と血塗れのメイコの姿、アイスを頬張るとろけそうな笑顔のカイトとふざけて校歌を歌いあうメイコの笑顔と、
ああ、ああ、 。
―――叩きつけた拳の行方はカイトの胸のど真ん中。 もし心が胸に宿ると言うのならばどうか届け、真っ直ぐに。
「悪いけれど、もう私には、あんたたちを一括りになんて出来そうにない」
To Be Next .
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