初音ミクの所有者は何処かの石油王と国際結婚した日本人で、名前はなんとかかんとか美木。苗字は偽造したんじゃねえかと思うほどややこしく、聞いてもすぐに忘れてしまう。 とにかく、その美木は、たいへん慈善事業に熱心と有名だ。 あちこちの団体に莫大な金額を寄付しては新聞に取り上げられ、人として当然のことをしているだけですから何て言って世間の評判を上げている。 化粧がっつりして宝石がっつり身につけて洒落た洋服がっつり着込みながら言われるとどうしてだか成金の気紛れにも感じられてしまうが、まあやっていることは間違っちゃいないので、疑念は胃の中に飲み込む。
 
清水谷は知り合いだったので比較的安易にコンタクトを取ることが出来たが、今度ばかりはそうもいきそうにない。暇を持て余すセレブな奥様とお知り合いになる機会など全くないのだから。 仕方なく、何かコネを持っていそうな清水谷に連絡すると、彼はさして得意にもならず「ああ美木様ならうちのお客様だよ」と言った。
 
「…あの。 ちらっとコンタクト出来るようにしてくれません?」
「リンを返してくれるならね」
「リンがいいと言うならね。無理だろうけど。リンが小学校の校歌歌ってるテープあるんだけど、欲しい? いやあ無邪気な笑顔が迸ってまあ可愛らしいったら…」
「………、いつか君の弱味も握ってどうにかこうにかしてやるからそのつもりで」
 
あらそれは承諾ということかしらと空々しく言うと、実に忌々しげに「いつかナかせてやる、」と電話口の奥で呟かれた。 段々この男の扱いに慣れてきたかもしれない、なんて油断してるとそれこそ色々な意味でナかされかねないので、しっかりと清水谷の言葉を聞き的確で隙のない返事をする。
 
「美木様なら丁度ドーム近くのホテルに宿泊しているよ。スイートに。 恐らく君の目的である“初音ミク”はドームでのリハーサルと警備の厳重な国営金庫の往復で会えないだろうけれど。 美木様も忙しいから、そう長く時間はとれないよ」
「…初音ミクがあなたのボーカロイドのように襲われるかもしれない、と言ったら、彼女はコンサートを中止すると思います?」
「万が一にも中止は無いだろうね。今回のコンサートの規模は未だかつてないスケールだ。 それに他のボーカロイドもシークレットゲストとして呼ばれるから、その中で自分の愛機・初音ミクを出演させないなんて、彼女のプライドが許さないだろう」
 
…新聞の記事にはのっていなかった事実に、つい頭を抱えてしまう。 …中止は万が一にも無い。つまり人間が殺到するであろうコンサート当日にもぐりこみ、警備がうっかり見逃していそうな死角を把握し、初音ミクと彼女以外のボーカロイドにも注意しておかなければいけないということか。
 
「というか、そもそももぐりこめるとは思えないけれど。君のようなしがない作詞家に、こんなコンサート開催ギリギリで、席をあけてくれるわけもない」
「え。カイトとかメイコとか、リンレンとかシークレットゲストに登場ーって感じで出演者としてもぐりこもうかと思っていたんだけど」
「美木様のコンサートに飛び入りするには、残念ながら旧型や二号機じゃシークレットゲストには相応しくないだろうね。 言っただろう、今回のコンサートの規模は桁違いだと。シークレットゲストのボーカロイドは、あのVOCALOIDシリーズの最新作・巡音ルカに、別会社の最新作めぐっぽいど。 とても及ばないだろう?」
 
腹の立つ言い方だが、言っていることは真実をついていて、言葉につまる。 カイトとメイコは確かに、VOCALOIDシリーズ一号機である初音ミクより更に前に造られたものだ。それに大きな会社で莫大な金額をかけて研究されたVOCALOIDシリーズに、不正に製造されたボーカロイドが敵うかどうか。 同じVOCALOIDシリーズであるリンとレンも、確かにシリーズ唯一のツイン・ボーカロイドとは言え、二号機。すでに最新型がシークレットゲストとして呼ばれているなら、わざわざ二号機を出演させるとは思えない。
 
清水谷はリンを溺愛してはいるが、それによって周囲を歪めて捉えることはない。常に冷静に状況を読み取り未来を推し量る。 その清水谷が言うのだから、恐らくは間違いないだろう。私のお気楽な判断よりずっと確立は高い。
 
「………、まあ、ダメモトで行きますよ」
「そう言うわりに余裕がありそうな声だね」
「切り札がないわけじゃあないですから」
 
あまり使いたくは無いが。 そういう意味でなら、切り札と言うよりは寧ろジョーカーかもしれない。 時には相手を引き摺り下ろすことも出来るし、不変の最強のカードにも変わり、自らを滅ぼす破滅の象徴でもある。 私にとっては―――なんだろう。 ばりばりと頭を掻き毟って、頭の中を占める暗い記憶と、カイトの哀しげな表情とを入れ替える。 必要な事だけを考えていればいい、例えそれが人としては常識から外れていても、想いだけ走らせていればいい。
 
「…私も、あなたのこと、ロリコンとか言ってられなくなってきました」
「ようこそ、常人の線引きの向こう側の世界へ」
 
 
 
 
To Be Next .

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

天使は歌わない 26

こんにちは、雨鳴です。
とうとう25話越えたぜあうち。30話くらいで負われるはずだったのに。
とりあえず終わらせることだけ考えて突っ走ります…

今まで投稿した話をまとめた倉庫です。
内容はピアプロさんにアップしたものとほとんど同じです。
随時更新しますので、どうぞご利用ください。
http://www.geocities.jp/yoruko930/angel/index.html

読んでいただいてありがとうございました!

閲覧数:568

投稿日:2009/08/18 10:31:59

文字数:2,146文字

カテゴリ:小説

  • コメント3

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  • ヘルケロ

    ヘルケロ

    ご意見・ご感想

    なぜかリーアムさんに徐々に親近感を感じてきた私……
    若草殿はもうすごすぎて足元に及ばないので×
    リーアムさんは若草殿にバシバシ殴られているので×(笑

    2009/08/20 22:22:23

  • 雨鳴

    雨鳴

    その他

    こんにちは、雨鳴です。
    読んでいただいてありがとうございます!

    清水谷は腹は立つけど憎みきれないという微ッ妙なキャラだったり。
    ようこそ、常人の線引きの向こう側の世界へ(笑)
    かくいう私も向こう側の住人ですが。あうち。

    2009/08/19 09:50:59

  • ヘルケロ

    ヘルケロ

    ご意見・ご感想

    最後の一分笑いましたw
    そして、だんだんリーアムさんが嫌悪の対象じゃなくなってきているのですが……
    この愛情にも納得してきました。
    ハッ∑(゜□゜
    もしかして私も…………「常人の線引きの向こう側の世界」?

    2009/08/19 05:26:31

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