「馬ッ鹿じゃねーの」
 
開口一番はそれだった。 自宅に帰る前に、レンを連れてシーマスの所へ駆け込んで、今までのことをざっくりと説明した後での一言だ。 白々とした眼差しにむっとしながらも、彼が何も嫌味だけで言っているわけではないとわかっているので黙ってレンの背中を押す。まだぶつぶつ何かを言いながらレンを作業台に招き、点検を始める。
 
「大体だな。何で今更清水谷なんだよ。お前いい加減懲りてるだろアイツには」
「だってボーカロイド持ってるし」
「アイツなんざいつ女に刺されたっておかしかァないんだから放っておけばいいんだよ放っておけば。性病の伝道師じゃねーかあの腐れ×××…」
「シーマス。 年齢制限かかるような台詞やめよう」
 
言い合いながらもシーマスの繊細な指先は僅かにも乱れることなくレンの修理を進めている。 不安げな表情をしたままのレンの頭を撫でながら、修理されてる本人よりも更に不安げな表情をしているカイトの背中もばしばし叩く。 …いやなんかカイトって妙に力一杯たたきたくなるんだよな何でだろう。扱いの違いについて清水谷にあれこれ言えなくなるやもしれない。
 
「…どうすんだよ。警察に色々聞き込まれるぞ。 ちょっとやそっとじゃわからないとは言え、カイトやメイコが不正アンドロイドだってバレるかもしれねーぞ」
「だよねえ…でもカイトもあの場に一緒にいたから、下手に隠すわけにもいかなくて」
「馬ッ鹿じゃねーの」
「二度言うな。 …まあそれは置いておいて。 ちょっとおかしなことになって来たんだけど、シーマス」
 
―――レンを引き渡された彼女の家で、黒ずくめの犯人に襲われたことを思い出す。 あれから数時間はたっているが、まるで数秒前の事のように鮮明に覚えている。 跳ね飛ばされるカイト、壁に叩きつけられる振動、レンの叫び声、振り上げられたナイフに滴る真っ赤な、真っ赤な―――。 ぶるりと小さく体を震わせ、生々しい光景を振り払う。
 
「…犯人が、私を、殺さなかった」
「…そりゃあおかしいなあ。お前みたいに憎たらしい顔した女なら殺しても仕方ないもんなあ」
「じゃなくて。 …私はヤツの逃亡経路をふさいでいた。邪魔する気満々だった。目撃もしている。守る者はその時点ではいなかったし、私も抵抗出来る状態じゃなかった。 …今までのこと考えたって、殺すのが“当然”じゃない?」
 
自分で言っていてぞっとするが、考えれば考える程あの時の犯人の躊躇はおかしなものに思えてならなかった。 絶好のチャンスだというのに、動きを停止する意味がわからない。 私は、殺すのを惜しむような美貌も、一瞬見ただけで感じる溢るる聖人君主のオーラも、当然の如く持ち合わせていない。 シーマスはレンの修理に集中したまま、返事をする。
 
「サスペンスの定番じゃ、知り合いだったりするんだよな、そういう場合。 知り合いだから殺せなかった」
「だったらナイフを振り上げる前に気づくでしょうよ。振り上げるまでは、かなり本気で殺る気だったもの、絶対」
「…ふうん。 だったらお前、犯人がナイフ振り上げた時、何かしたか?」
「…何か?」
 
首を捻って記憶を辿る。犯人がナイフを振り上げた直後にした行為。 目を見開いてつっ立っていた。「どうして」、だなんて、サスペンスの定番の使い古された意味の無い台詞も言った。 だがそれだけだ。犯人が思わず動きを止めてしまうような行為は別段した覚えがない。 …駄目だ、この疑問は解決するには材料が足りなさ過ぎる。とりあえず一旦その疑問は横へ置いて、次の疑問をシーマス相手に投げかける。
 
「あともう一つ。 被害者の女性、私がボーカロイドについて話したいって電話した時『あんたも?』って言ったの。 それから、『今 人が来てるから詳しい話は家に来てしろ』って言った」
「…ふむ。 犯人の手口がわかったな。 まず何らかの形でボーカロイドをネタに接触したってことか」
 
シーマスの言葉に小さく頷く。 『あんたも?』などと言ったことがいい証拠だ。 彼女は犯人と、ボーカロイドをネタに接触した。 それは明らかだ。 わからないのは後者の方―――『人が来ているから詳しい話は家に来てしろ』の方。『人』というのはまず間違いなく犯人のことだろう。
 
「…もし犯人が“客”という扱いだったなら、家に来いだなんて言わないわよね? 普通」
「だな。そこまで重要視されてない相手、注意を払わないような相手、いても当然の相手。もしくは単に帰る直前か」
「帰る直前ってこともないでしょ。 それなら、わざわざ人が来てるだなんて言わないだろうし」
 
ということは犯人は少なくとも友人や親しい知人では無いことは確かだ。だが他人が家の中にいてどうして注意を払わずにいられる? …やはりここまでは推測できても、それが何を意味するかはわからない。結局疑問は何一つ答えがでないままという状況に苛立ち、がしがし髪を掻き毟ってパソコンの前の椅子に座り込む。
 
「…今日はいいことひとっつもなかったわ。 彼女を助けられなかったし、レンは壊されかけるし、襲われるし、清水谷には不正アンドロイドのことがバレてソフトな脅迫されるし」
「お前も脅迫してやれば?」
「ネタがないもの。 探したってどうせ周到に隠して…」
「どうかな?」
 
シーマスの意味ありげな言い方に眉を顰める。にィやり、悪戯に笑って、シーマスはレンの内部を指差した。誘導されるがままに指差された場所を覗き込んで、―――シーマスと同じように、“してやったり”な 悪どい笑顔を顔いっぱいに浮かべる。
 
「…シーマス、あんた最高」
「ふふん。何を今更」
 
 
 
 
To Be Next .

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • 作者の氏名を表示して下さい

天使は歌わない 19

こんにちは、雨鳴です。
昨日相当しんどかった中で18話アップしたのですが、
改めて見直してみると色々とアレだなと思ってたりします。
駄目ですね余裕のない時には。今日の調子もあまりよろしくなかったり。

今まで投稿した話をまとめた倉庫です。
内容はピアプロさんにアップしたものとほとんど同じです。
随時更新しますので、どうぞご利用ください。
http://www.geocities.jp/yoruko930/angel/index.html

読んでいただいてありがとうございました!

閲覧数:576

投稿日:2009/08/10 09:47:43

文字数:2,362文字

カテゴリ:小説

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  • 雨鳴

    雨鳴

    その他

    こんにちは、雨鳴です。
    読んでいただいてありがとうございます!

    どうしてだかこの悪友二人が揃うとシリアス空気がすっとぶという。
    次は忌々しい男をぎゃふんといわせる予定なので、どうぞお付き合いくださいませ。

    2009/08/16 15:05:03

  • ヘルケロ

    ヘルケロ

    ご意見・ご感想

    年齢制限かかるような台詞www
    吹きましたw
    そして最後の「してやったり」
    次が楽しみです^^

    2009/08/15 12:44:05

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