歌は嫌い。 私は私の声が嫌いだから。
初めて人前で臆する事なく自然に歌ったのは「修」と馬鹿やっていたころ。 次にそう出来たのは―――愛すべきボーカロイドたちが、側にいてくれるようになってから。
真っ直ぐに歌える気がした。
笑いながら。 誰を気にすることもなく。 歌いたいから歌う、そういうシンプルで単純な事を、楽しさだけ噛締めて出来た。 …それが、「若草 常磐」なんだろう。 何故だか微妙に音が外れる、だのに三年間歌い続けたあんまり役にたたない校歌だけはマトモに歌える、そういう変な女。 血反吐吐くほど連日歌いこんで好きでもない歌を歌う「ラドゥエリエル」役の「私」は、やはり私には割に合わない。
「…シーマス…どうしよう。マジどうしよう」
「は?何だよ」
「いやさ。あの犯人捕まって、自供始めて、ソレ新聞にのって、それ以来ボーカロイドを狙った模倣犯が相次いでるでしょ」
「ああ…今問題になってるよな」
「………、美木サマが私に初音ミク贈呈だってさ」
「………」
大体人間というのは負に感化されやすいもので、あのイカレた犯人が警察に捕まって自分のやってきたこと―――カイト以前の犯行も―――を存外素直に自供し始め、それがニュースや新聞に載ってからというもの、厳重な警備をかいくぐって、似たような犯罪が各地で発生しているのだ。最早社会的現象と言っていい。 初音ミクの所有者である美木サマは、「初音ミクを救った英雄である無類のボーカロイド蒐集家・若草 常磐を讃え初音ミクを進呈する」と言い出した。当然理由は大仰でも実際はいらぬ火の粉を避けるためだ。
勿論そんなことはいそうですかと言えるわけがなく、慌ててミクに真意を問うたが、彼女の方はいやにあっさりと「仕方が無いですよ時代ですから」と言い切った。 …彼女は彼女で造られてからずっと苦労をしてきたのかもしれない。
「…もうちょっと、セキュリティ、考えようかな」
「防犯装置、安く売ってやろうか。設置もしてやるぞ有料で」
「いつからそんな商売始めたんだよ」
…というより、私はこのまま彼らのマスターでいていいのだろうか。彼らはもっと歌いたいはずだ。もっとちゃんとした、私以上清水谷未満の相応しいマスターの下に行った方が幸せなんじゃないだろうか。 そういうとシーマスはふんと鼻で笑った。
「…経験上から言わせて貰うがな。ボーカロイドにとって曲の良し悪しなんざどーでもいいんだよ。 歌う。 ただそれだけでいい。 お前だろうが清水谷だろうが、歌いたいように歌えればそれでいいんだよ」
「………でも」
「それに、別のヤツの所へ行きたいと思っているなら、あんな顔できないだろ」
シーマスは窓の外へ顎を杓ったので、私もつられてそちらを見やる。大して広くも無い庭に、カイトとメイコ、リンとレンがいて、―――ラドゥエリエルの歌を歌っている。「Paean」。愛しい人を讃える賛歌。彼らは家族のように笑い合いながら楽しげにその歌を歌っている。 ガラス越しに、男女混合の美しい歌声を聴きながら、「ラドゥエリエル」とは全く違う明るく晴れ晴れとした響きについ笑みを零す。 私は、こうあるべきだったのかもしれない。
「…シーマス」
「ん」
「お墓参り。 …行こうか」
―――きっと空はどこまでも青く透き通った色をしているだろう。空は私達のことなんて知りもしないのだから。緑は青々と茂り、悼む人々を笑うのだろう。世界は世界の片隅で起きていることなんて知りもしないで、時速千七百キロメートルで回り続ける。
カイトはアイスでも供えようとしてメイコに怒られて、ならばとその場で胃の中に入れて更にメイコに怒られる。 リンとレンはしんみりしながらも最後には笑顔で走り回る。 そのうちメイコがついにキレて鬼の形相で二人を追い回し、何故かカイトも連帯責任で正座させられる。 私はどうしているのだろう。その中で、何をしているだろう。
とりあえず、歌おうか。
彼が愛した天使は歌わない。 だが、彼が愛した、調子外れの歌声で歌おう。 真っ直ぐに歌う彼らと一緒なら、きっと私も、ひねくれずに真っ直ぐに歌えるだろうから。
「…そっか」
「…うん」
「よし。じゃあ、明日にでも―――」
…その時、けたたましい電話のベルが鳴り響いた。 普段なら気にも留めない普通の音なのに、何故かざわりと嫌なものが背筋を撫でる。 眉を顰めて立ち上がり、電話に近づいて受話器を取る。 耳に押し当て、流れる声に曖昧な返事を続けながら、そっとシーマスを振り返る。 ゆらゆら揺れる目の光に眉を顰め近づいてきたシーマスに、電話口の“警察官”に聞こえないよう小さな声で呟く。
「………、あの犯人が、 逃走した」
To Be Next .
天使は歌わない 42
こんにちは、雨鳴です。
あと二回で終わる、あと二回で終わる…!
自分に暗示かけながら頑張ってます。
次回は初音ミクがやってきます。
リンは無邪気なブラックなイメージですがミクは意図して黒そう。それも腹黒系。
今まで投稿した話をまとめた倉庫です。
内容はピアプロさんにアップしたものとほとんど同じです。
随時更新しますので、どうぞご利用ください。
http://www.geocities.jp/yoruko930/angel/index.html
読んでいただいてありがとうございました!
コメント0
関連動画0
ブクマつながり
もっと見る
「…あの。清水谷っていう人は…常磐とどういう関係?」
憤慨をそのままに、荒々しい足取りで高級住宅街を闊歩していたが、カイトの言葉にぴたりと足を止め、振り返り鋭い眼を向ける。もし殺気だけで人が殺せるならば清水谷は今頃苦悶の表情で息絶えていることだろう。 メデューサに見据えられたカイトは石になっ...天使は歌わない 16
雨鳴
「僕、ついて行こうか」
「しつこいって。一人でいいって言ってるでしょ?」
清水谷と取引して、初音ミクのマスターである慈善家、美木に会うアポイントを取り付けさせた。コンサート開催日に近づけば近づくほど、私がもぐりこめる望みは薄くなる。なんとか無理矢理捻じ込んだ一番早く彼女にあえる日和、それが今...天使は歌わない 27
雨鳴
初音ミクの所有者は何処かの石油王と国際結婚した日本人で、名前はなんとかかんとか美木。苗字は偽造したんじゃねえかと思うほどややこしく、聞いてもすぐに忘れてしまう。 とにかく、その美木は、たいへん慈善事業に熱心と有名だ。 あちこちの団体に莫大な金額を寄付しては新聞に取り上げられ、人として当然のことを...天使は歌わない 26
雨鳴
「我らーがさァとのー、うつくゥしきみどーりーぃぃぃ、うたーえ永久ぁの豊穣をぉお」
「え、何、デジャブなんだけど」
「ああ めーちゃん。いや何、リンとレンが二人で歌えるような歌教えろって言うから、合唱の基本である校歌を教えてあげようとだね」
「はーい いい子だからおねーさんと一緒に今時の歌をお勉強...天使は歌わない 24
雨鳴
自宅に辿り着いたころにはもう周囲は薄暗くて室内が見えにくく、手探りで電気のスイッチを入れる。ぱちんと軽い音と共に照らし出された室内は、なんというか、独り暮らしらしい雑然さに塗れていた。 いくら相手がボーカロイドとは言えソレを見られるのはきまりが悪く、慌てて床に散乱する服やら紙やらを片付ける。 カイト...
天使は歌わない 05
雨鳴
「馬ッ鹿じゃねーの」
開口一番はそれだった。 自宅に帰る前に、レンを連れてシーマスの所へ駆け込んで、今までのことをざっくりと説明した後での一言だ。 白々とした眼差しにむっとしながらも、彼が何も嫌味だけで言っているわけではないとわかっているので黙ってレンの背中を押す。まだぶつぶつ何かを言いなが...天使は歌わない 19
雨鳴
クリップボードにコピーしました
ご意見・ご感想