自宅に辿り着いたころにはもう周囲は薄暗くて室内が見えにくく、手探りで電気のスイッチを入れる。ぱちんと軽い音と共に照らし出された室内は、なんというか、独り暮らしらしい雑然さに塗れていた。 いくら相手がボーカロイドとは言えソレを見られるのはきまりが悪く、慌てて床に散乱する服やら紙やらを片付ける。 カイトも自然に動き、私と同じように掃除を始めたので、案外と短時間で人を招ける環境に整った。ふうと息をついてカイトにソファに座るよう勧めると、にこりと笑って「ありがとう」と言った。…友人だとでも思えばいいと言った途端に敬語が外れた順応力に、かえってこっちが戸惑ってしまう。
「寝る場所…とかはいるの? ボーカロイドって」
「電源を切ればずっと立っていられるよ」
「それは私が恐ぇよ。夜中に便所にいけねえよ」
夜真っ暗な中にぬぼーっと突っ立ってる見慣れない男、なんてシチュエーション、想像しただけでも恐ろしい。悲鳴でもあげてしまいそう。カイトは困ったように小首を傾げて、「電源入れっぱなしでもいいけれど電気代食うと思うよ」と、夜中の恐怖より尚恐ろしいことを言った。
「…ソーラー発電とか無いわけ、あんた」
「殆ど屋内収納だから、そういうのは無い、かな。 …ああでも電源切ってる間は電気作れるような機能があったはず」
「植物じゃあるまいし。いやでも社長ナイス。日本は救えなかっただろうけどとりあえず私の家計は救ってくれたわね」
どういう構造になってるのかはさておいて、そういう財布に優しい機能があるなら助かった。流石に急に電気代が跳ね上がったら不審がられるだろう。電気会社が警察に密告して謝礼金ウッハウハだとか考える可能性だって十二分にある。鬼め、…なんて私には言えた義理ではないが。
アンドロイドは全面的に撤去しなければならない世の中、唯一存在を許されたボーカロイドでさえ「歌う」こと以外の機能が付加されると途端に所持の許可は取り消されてしまう。だからボーカロイドを所持する場合、国にきちんと報告・登録をしなければならない。 …だがカイトは不正に所持されていたボーカロイドだ、今更どんな機能があると言われたって驚きはしないだろう。そんな厄介極まりないものを招き入れてしまった以上もう後には引けまい。毒を喰らわば皿まで、出来れば家事手伝い機能とかあればいいだろうけれどそれはないだろうなあ流石に。
「さて次の問題だ。どうすっかな着替えとか。男物の服なんて一着も持ってないし。…またシーマスから強奪するか」
どうせ一度仕事が入れば何日間も会社にカンヅメになって着替えもロクにできないような忙しさなのだから、一着や二着無くなったって別段困りはしないだろう。なんて酷い事を目論んでる最中、カイトはううんと呻って私に問うた。
「あの。“シーマス”って、本名?」
「ん? ああ、見た目が完全に日本人だから?」
「うん」
「一応本名。ミドルネームなの。あいつ、上と下の名前呼ばれるの嫌がるから」
「どうして?」
素朴な疑問の答えを知っている私はニヤリと笑った。 厄介ごとは御免だと言わんばかりの態度を取った友人へのちょっとした腹いせをしてやろう。何、本当にささやかで可愛らしい腹いせだ、それくらいしたってバチはあたらないだろう。そっとカイトに体を寄せ、声を潜めて囁く。
「フルネームは、山田・シーマス・太郎」
「………やまだしーますたろう…」
ぽかんと大口をあけて復唱するカイトの姿に、耐え切れず噴出し腹を抱えて大笑いしてしまう。 ひーひー言いながらソファの背もたれを叩く私の姿はとても女らしいとは言えない様子だっただろうけれど。 笑いが少し収まった頃にカイトを見やる。口元を押さえながらくつくつ笑っていたカイトは、
「貴女は、常磐って呼ばれるの、平気?」
と言ったので、二・三度瞬きをして「…いいけど」と答えた。 カイトのことをカイトと呼んでいるだけに(というかそれ以外呼びようがないというのもある)嫌だと言うのもおかしい話だから。 それだけのことなのにカイトは妙に嬉しそうな笑みを浮かべたので、結局水をさすようなことは言えずじまいだった。
To Be Next .
天使は歌わない 05
こんにちは、雨鳴です。
前回が嘘のようにまったりした雰囲気でお送りします。
なにやら話数がとんでもないことになりそうな気がしてきたので
読みやすいよう一つにまとめてみました。
内容はピアプロさんにアップしたものとほとんど同じです。
随時更新しますので、どうぞご利用ください。
http://www.geocities.jp/yoruko930/angel/index.html
読んでいただいてありがとうございました!
コメント2
関連動画0
ブクマつながり
もっと見る
「…あの。清水谷っていう人は…常磐とどういう関係?」
憤慨をそのままに、荒々しい足取りで高級住宅街を闊歩していたが、カイトの言葉にぴたりと足を止め、振り返り鋭い眼を向ける。もし殺気だけで人が殺せるならば清水谷は今頃苦悶の表情で息絶えていることだろう。 メデューサに見据えられたカイトは石になっ...天使は歌わない 16
雨鳴
「僕、ついて行こうか」
「しつこいって。一人でいいって言ってるでしょ?」
清水谷と取引して、初音ミクのマスターである慈善家、美木に会うアポイントを取り付けさせた。コンサート開催日に近づけば近づくほど、私がもぐりこめる望みは薄くなる。なんとか無理矢理捻じ込んだ一番早く彼女にあえる日和、それが今...天使は歌わない 27
雨鳴
初音ミクの所有者は何処かの石油王と国際結婚した日本人で、名前はなんとかかんとか美木。苗字は偽造したんじゃねえかと思うほどややこしく、聞いてもすぐに忘れてしまう。 とにかく、その美木は、たいへん慈善事業に熱心と有名だ。 あちこちの団体に莫大な金額を寄付しては新聞に取り上げられ、人として当然のことを...天使は歌わない 26
雨鳴
「我らーがさァとのー、うつくゥしきみどーりーぃぃぃ、うたーえ永久ぁの豊穣をぉお」
「え、何、デジャブなんだけど」
「ああ めーちゃん。いや何、リンとレンが二人で歌えるような歌教えろって言うから、合唱の基本である校歌を教えてあげようとだね」
「はーい いい子だからおねーさんと一緒に今時の歌をお勉強...天使は歌わない 24
雨鳴
歌は嫌い。 私は私の声が嫌いだから。
初めて人前で臆する事なく自然に歌ったのは「修」と馬鹿やっていたころ。 次にそう出来たのは―――愛すべきボーカロイドたちが、側にいてくれるようになってから。
真っ直ぐに歌える気がした。
笑いながら。 誰を気にすることもなく。 歌いたいから歌う、そういうシン...天使は歌わない 42
雨鳴
「馬ッ鹿じゃねーの」
開口一番はそれだった。 自宅に帰る前に、レンを連れてシーマスの所へ駆け込んで、今までのことをざっくりと説明した後での一言だ。 白々とした眼差しにむっとしながらも、彼が何も嫌味だけで言っているわけではないとわかっているので黙ってレンの背中を押す。まだぶつぶつ何かを言いなが...天使は歌わない 19
雨鳴
クリップボードにコピーしました
ご意見・ご感想
雨鳴
その他
こんばんは、雨鳴です。
また読んでいただいて感謝感激です!
私も微妙にどういう分類なのかわかっていないという…
基本的にピアプロにアップしたものをまとめているだけなので
サイトっていうわけでもないですしね。「倉庫」と呼ぶ事にしました。
またお付き合いいただければ幸いです。
2009/07/27 22:49:45
ヘルケロ
ご意見・ご感想
いやあ、やっぱりうまいですね^^
まとめたところ行ってみました。
わあ、ブログだ、ホームページだ、掲示板だ!(どれが正しいのか分からない私^^;
続き、楽しみにしています
2009/07/27 21:16:26