「放課後、二年の教室に来て。そこでもう一度話を聞かせてもらえるかな?待ってるから。」
青髪の上級生は、そういって真剣な表情で私を見つめた。
目元を手で拭いながらこくこくと頷く。
それを見て彼は安心したようにまた微笑んだ。
彼がまた、私の手を優しく包みなおす。
「……目の赤みが引くまで、もう少しここにいた方がいいかもしれないね。」
そういって、私の頭を撫でてくれた。
私は素直に頷いた。
放課後。
私は二年生の教室が並ぶ階へと足を運んだ。
廊下はHRを終えた生徒でいっぱいだった。
いつもなら私がここを通れば上級生に煙たがられ色々と罵倒されたり迷惑そうな視線を向けられるのだけれど、今日は違った。
確かに注目は浴びている。
しかし、悪い意味ではない……と思いたい。
教室に戻った時もそうだった。
みんな驚きの目線で私を見て近くの人間と囁き合う。
それは何故か。
私は、あの伊達メガネを外していた。
髪もおさげではなく、一部を編むような形にしている。
教室に戻ったとき、奇異の目線を一身に浴びるのではないかと内心ヒヤヒヤしていたが教師も生徒も揃って驚いた視線を向けるだけで何もなかった。
けれど私は何とも言えない居心地の悪さに内心身悶えなければならなかった。
「……そういえば…なまえ」
今になって気が付いた。
青髪の上級生……彼の名前を聞いておくべきだった。
どこのクラスにいるのかさえ知らないのだ。
とんだ失態をやらかしたと思い、焦りだした頃だった。
トン、と不意に肩に手を置かれた。
向こうから見つけてくれた!?
そんな淡い期待を抱いて私は振り向いた。
けれどそこにいたのはあの青髪の先輩ではなく、艶を帯びた美しい紫の長髪を綺麗に結い上げた男子生徒だった。
……すごく雰囲気のある美形…
「ねえ君、一年生かな?何組?」
耳に残る甘やかな低音で彼は私に笑顔で話しかけてきた。
「はい、…一年、六組ですが」
一歩、後ろに下がりながら私はそう答えた。
「あれ、六組?チェックし忘れてたのか…しくったな。」
彼はぶつぶつと腕を組みながらそういうと、私が下がった分一歩近づいて私の頬に手を添えた。
「君の髪、すごく綺麗だね。白銀の雪みたいだ…その凛々しい瞳もとても素敵だよ。どうしてもっと早く君に気付かなかったんだろう。ホント俺は馬鹿だな。こんなにも綺麗な新入生が入ってきてたなんて知ってたらもっと早く白銀の雪のように素敵な存在に巡り会えたのに…」
彼は私の目をじっと見つめてそう熱く語りだした。
……これは、俗にいうナンパというものなのだろうか…
私は表情を微塵も変えずそんなことを真剣に考えていた。
「おい、岳斗。」
聞き覚えのある清涼感のある声が聞こえた。
次の瞬間、私は岳斗と呼ばれた上級生の後ろから出てきた青髪の上級生に肩を引き寄せられた。
「大丈夫?」
私の目を覗き込み、青髪の先輩はそう聞いた。
「ええと…」
どう返答したらいいか分からず思わず言いよどんでしまう。
すると青髪の先輩はキツく岳斗という人を睨みつけた。
「おまえその女癖の悪さなんとかならないのかよ。」
岳斗と呼ばれたその人はめんどくさそうに頭をかいて返答する。
「佳絃が真面目すぎんだよ。これくらい普通だろ。それに、彼女ほど魅力的な女性なんてそうそういないぞ」
かいと…?
この、青髪の上級生の名前?
「俺は普通だ。お前がおかしいんだよ。確かに彼女が綺麗なのは分かるけどお前の場合は不誠実すぎるんだよ対応が。」
「おいまて、誰が不誠実だと?女に対する誠実な接し方ならおまえよりは良く知ってるよ」
「クリスマスに平気で四又かけてるような奴が何言ってやがる。そういう不誠実な付き合いはするもんじゃない。」
二人の言い合いはどんどんヒートアップしていく。
この二人は仲が悪いのだろうか…
そしてただでさえ注目を浴びていたのにこの二人のこともあいまって余計に注目が集まり、人だかりが出来ていく。
ああ、なんかデジャヴ。
そうして私の頭に浮かんだのは、あの真っ直ぐな金髪の同級生との休み時間でのやり取りだった。
「……奈々」
誰にも聞こえないような小さな声でそう呟いた。
喉が引き絞られるような切なさで、胸が締め付けられる。
余りの苦しさに息がつまり、俯いた。
そのときだった。
『世良……っっ!!!!』
その叫びが、私の耳を打った。
人込みをかき分け、まっすぐで長い金髪の少女が私たちの前へ躍り出た。
彼女は私の姿をその瞳に捉えると私を引き寄せそのまま思いきり抱きしめた。
「世良ぁぁ…」
ぎゅーっと力強く抱きしめられる。
「な、奈々…!?」
佳絃さん(?)が驚いたように目を見張り、岳斗さんはまじまじと奈々と私のことを眺めていた。
奈々は腕の力を緩めることなく言い合いをしていた上級生二人へと視線を向けた。
そして二人の顔を確認するなりなにかを納得したような表情を浮かべ、すぐに私と初めて会った時と同じような気さくな笑顔で二人へ話しかけた。
「がく先輩まぁたナンパしてたんですか。」
しかし、岳斗さんに対しては気さくに見えて目が笑っていない。
「なんだよ奈々、その子知り合いだったのか。どうして紹介してくれなかったんだよ。」
「岳斗、おまえいい加減に…」
「はいそこまで!というか私は佳絃先輩と世良が知り合いだったことに驚きですよ。いつ知り合ってたんですか。世良の肩まで抱いちゃって。」
言葉が後半へ続くにつれて佳絃さんにもだんだん鋭い目を向けていく。
「奈々、それは私がちゃんと説明するから……とりあえず放してもらえる?」
このままでは奈々まで巻き込んだ言い争いになるような気がして私は奈々にそういった。
「ああ、ごめんね。」
奈々が腕の力を緩めてくれる。けれど私の肩にはしっかりと手を回していた。
「とりあえず、移動しないと。ここにいつまでもいたら人様の邪魔だわ。」
周りの人だかりと、私の前にいる三人を見て私はそういった。
「そうだね。じゃあ近くのカフェにでも行こうか。……えーと、もちろん先輩方も来ますよね?」
”ニッコリ”と奈々が二人へ笑いかける。
「当たり前だろ。そんな美人のいるお茶会に誘われていかない方がどうかしてる」
岳斗さんが少し佳絃さんの方を見て挑発するように口の端を釣りあげる。
けれど佳絃さんはそれを気にしていない様子で
「俺はもともとその子と約束があったんだ。勿論行くよ。」
と答えた。
約束、という単語に奈々が少し反応したような気がしたけれど奈々は何事もなかったかのように私たちを先導して歩き始めた。
「ほら、世良。行こう!」
グイグイと奈々に腕を引かれていく。
私は奈々に引っ張られるがままに歩き続けた。
学校を出て、近くの大通りにあるカフェへ四人で移動した。
お店の一番奥にある四人席にそれぞれ座り、注文を済ませる。
私の隣に奈々、私の前の席に佳絃さん。
そして奈々の席の前に岳斗さんが座った。
四人の間でなんともいえない空気が流れる。
「え、と……」
奈々に言わなくちゃいけないことがある。伝えたいことがある。
でも、やっぱりいざ口にするとなると中々言葉にできなくて、情けない気持ちでいっぱいになった。
また、なにをやっているの私は…!!
早く!早く言わなくちゃ…!!
そう思えば思うほどますます気が急いで、どんどん言えなくなっていく。
奈々が心配そうな表情で私を見る。
違う、そんな顔させたくなんかないっ!!
「世良ちゃん、どうかしたの?具合でも悪い??」
岳斗さんまでどこか心配そうな表情でそう声をかけてきた。
「いえ…大丈夫です。」
伝えたい。奈々に伝えたいのに!!
今すぐにでも謝りたい。
そして、私が初めて感じることが出来たこの気持ちを伝えたいのに。
”奈々の友達になりたい”って…
「ぁ……う…」
けれど、私の口からは情けない声が漏れるだけで肝心なことばは全く紡ぎだせない。
そんな自分が嫌で嫌で仕方なくて、また目元が熱くなってきた。
駄目だ!こんなところで!!
奈々の目の前で!絶対に泣くわけにはいかない!
唇をぐっと噛み、必死に涙をこらえる。
落ち着いて。落ち着いて。
佳絃さんがいる。大丈夫。落ち着いて。
そう思うと途端にふっと心が軽くなったような気がした。
まるでやさしい風が吹き込んできたかのようだった。
佳絃さんの手の感覚を、温もりを思い出す。
そうだ、大丈夫。私は顔をあげた。
佳絃さんと視線が合う。
佳絃さんの目が”頑張れ”と言っていた。
その瞳を、私は”大丈夫”と精一杯意思を込めてしっかりと見つめ返した。
そして、奈々へ向き直る。
「奈々……あの、休み時間でのことなんだけど…」
奈々が目を見開く。そしていきなり私の肩を勢いよくつかんだ。
「休み時間……!!ごめん!ごめんね世良!!……いきなり馴れ馴れし過ぎたよね…本当にごめんね。」
いきなり先手を越されて、私は一瞬呆気にとられた。
奈々も、気にしていたの…?
「大丈夫…!わ、私も…ごめんなさい。あんなに怒鳴って……」
やっと、それだけ言えた。
奈々はそれを聞くと少し驚いたような顔をした後、あの気さくな笑みを浮かべた。
「あんなの全然気にしてないよ。」
私はとてもホッとしてつい体から力が抜けてしまった。
「なに、奈々と世良ちゃん喧嘩でもしてたの?」
岳斗さんが少し苦笑したように聞いてきた。
「いえ、…あの…少し言い争いを……」
上級生とちゃんと面と向かって話すなんて初めてで変に緊張してしまう。
「僕が変にちょっかい出しちゃって世良を怒らせちゃったんだよ。」
奈々がすかさずフォローを入れてくれる。
「そうか。で、結局佳絃と世良ちゃんの約束ってなんだったの?」
岳斗さんが少し不機嫌そうな顔でそういった。
奈々も若干怪訝そうな顔で佳絃さんの方へ視線を向けた。
佳絃さんは苦笑いでその視線に返していた。
私は、佳絃さんとの出会いを語りだす。
「朝に奈々と色々あって、その後裏庭で一人で悩んでいるところにたまたま佳絃さんが通りかかって話を聞いて下さって……私、奈々に謝りたくてもどうしていいか分からなくて…そうしたら佳絃さんが協力するって言ってくれて…奈々にちゃんと謝って、奈々と……友達になる、ために。」
そう言って私は佳絃さんの方を見た。
佳絃さんはほんの少し照れくさそうに私を見ていた。
「世良…」
奈々の方へ顔を向ける。
嬉しそうな、けれどちょっぴり恥ずかしそうな表情で奈々は微笑んでいた。
「もう、世良大好きだーっ!!」
奈々はたまらないというようにそう叫び、私はまた奈々に思いきり抱きしめられた。
すりすりと頬ずりされる。
「な、奈々…っ」
「もう世良ほんと可愛い!大好き!だいすき!その髪型、すっごい似合ってるよ。メガネも取って、すっごいスッキリした綺麗な美人さんだよ世良!!」
「買いかぶり過ぎよ…!」
「そんなことない!すっごい可愛い!!」
そういってぎゅーぎゅー締め付けられる。
流石に苦しい。
「奈々、そこらへんにしとかないと世良ちゃん窒息するぞ。」
岳斗さんが失笑気味で奈々そういった。
「おお…ごめんね世良。」
といっても奈々は放してはくれなかった。
締め付ける力が弱くなっただけでずっと抱きついている。
「そうか、世良ちゃんメガネっ子だったのか。……ねえ、もしかして少し前まで髪型おさげにしてなかった?」
奈々が言った『メガネも取って』という発言を聞き逃さなかったのだろう。
岳斗さんはそこら辺の頭はキレるようだった。
「はい。…つい、今日の昼休みあたりまでそうでした。」
岳斗さんはじーっと私を見た後、急にあっけらかんとした表情で笑い出した。
「なーるほどね!そりゃ気づかない訳だ!そっか、そっか!!こんなに綺麗な子だったんだね!いや、女の子ってホント変わるもんだね!」
その言い方が気にくわなかったのか奈々がムっとした表情で対抗する。
「世良はメガネをかけてるときから美人だったよ!世良の雰囲気に気圧されて皆が見てこなかっただけだよ。」
「……うーん、そうだな。確かにそれも一理あるかもしれないな。」
岳斗さんが少し考えるようにそう言った。
「あれ、そういえば俺が初めて世良ちゃんの事を見た時はメガネ外してたよね。おさげだったけど。」
「え、そうだったの?」
佳絃さんが不思議そうに口を挟み、奈々が気になるように私にそう聞いてきた。
「あれはただなんとなく外してただけで……そのときに、本当にたまたま佳絃さんが通りかかったんです。」
奈々の腕を解いて佳絃さんの方へ向き直る。
「そうだったんだ。俺、初めて会った時からメガネかけてない世良ちゃんしか知らないけど、どんな世良ちゃんでも俺は可愛いと思うよ。」
突然佳絃さんにもそう言われ、頭の中で処理が出来なくなり呆気にとられてしまう。
「おい佳絃、おまえそれ確信犯か?」
「回答によっては僕も怒りますよ。」
岳斗さんと奈々が鋭い目つきで同時に佳絃さんへ視線を向ける。
「え、なにが確信犯なの」
「「………。」」
佳絃さんは(私もだけれど)二人のその視線の意味が分からないようで少したじろいでいた。
少しして、私はお手洗いに席を立った。
化粧室へ向かう。
お店の中は大分広く、通路にもそこそこスペースがあった。
ふと、窓際の席に目が留まった。
同じ学校の制服……?
そこには一人の少女が座っていた。
艶やかな赤髪を、くるくると巻いて二つに結んでいる。
その子は私の視線に気づくと少し不機嫌そうに眉根を寄せた。
見られるのが嫌だったのかもしれないと思い視線を外す。
すると、その子は席を立ち私の方へと歩いてきた。
そして、私の前まで来たかと思うと私に忌々しげな視線を向けてきた。
「ねえ、あなた。」
気の強そうな、けれどどこか気品を漂わせる声色だった。
紅の瞳が私を見据える。
「なにかしら。」
こういった視線には慣れていた。
彼女の視線をしっかりと受け止めて返答する。
しばらく間が空いて、彼女は凛然と言い放った。
「あなた、消えてくれない?」
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私は読みかけの本を置いて、
「どこからきたんだい?」と笑ってみせた。
たぶん鳥さんはその方には居ないのかもしれない。
...想像フォレスト【自己解釈】
aurora
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