第五章 緑の国 パート2

 ミクの私室を退出したハクは、ミクの指示通りにネルとハクを呼び出す為に二階へと向かうことにした。緑の国の王宮の二階は高級官僚の私室や、官僚たちの為の執務室が並んでいるフロアとなっている。緑騎士団騎士団長であるネルも、緑の国唯一の魔術師でありかつ参謀であるグミも二階フロアに居住しているのだ。もちろん、ミク女王直属女官であるハクも二階フロアに一室を与えられている。ハク自身の私室は王宮の一番左端に用意されているが、ハクはその逆方向、階段から見て右側に用意されている一室の扉を叩いた。ネルの私室ではあったが、部屋の中からの反応が無い。とすれば練兵場かしら、と考えて、ハクは先にグミの私室を訪れることにした。グミの私室はネルの私室から二つ先の部屋である。その部屋の扉を先程と同じ様にノックすると、しばらくしてから扉が開き、グミが部屋から顔をのぞかせた。
 「ハク。どうしたの?」
 突然の訪問に多少驚いたのか、グミはハクに向かってそう言った。
 「ミクさまがお呼びです。執務室に来るように、と。」
 「そう。ありがとう。ではすぐに向かうわ。」
 グミはそう告げると一旦部屋の中に戻った。手帳くらいは持っていかなければならないと考えたのだろう。次はネルを呼びに行かなければならないわ、とハクは考え、グミの私室から離れて練兵場へと向かうことにした。練兵場へは緑の国の王宮一階フロアから向かうことができる。王宮の位置としては裏庭に当たる部分が練兵場として用意されているのだ。再び一階フロアに戻ったハクはそのまま、中央玄関とは正反対の方向に作られている裏玄関を通過した。通過する際に、既に顔見知りの兵士が裏玄関の扉を恭しく開いた。再び温かい日光に照らされながら、ハクは裏庭を確認する。前庭とは違い、質素な芝生に覆われているだけの裏庭を眺め回すと、裏庭の一角で兵士の指導をしているネルの姿を発見することができた。今日は新兵の訓練なのだろうか。百名ほどの兵士と一緒に木刀を素振りしているネルの姿を確認しながら、ハクはネルに向かって歩き出した。ネルはハクに背中を向けているから、ハクには気が付いていないのだろう。そのまま、五列ほど縦に並んでいる兵士と共にネルは素振りを続けていた。
 「ネルさま。」
 ハクが声をかけたが、兵士達の掛け声に紛れたのか、その言葉はネルの元には届かなかったらしい。どうしようか、と考える。終わるまで待つべきかとも考えたが、ミクさま直々の指示である。すぐに伝えるべきだと考え直し、少しばかり恥ずかしかったが大声でネルを呼ぶことにした。
 「ネルさま!」
 予想よりも大声が出たことにハク自身が驚いたが、おかげで声がネルにも届いたらしい。突然訓練を中止されて少し不機嫌な表情をしたネルが、ハクに振り返った。
 「なんだ、ハクか。どうしたの?ハクも剣の訓練をしたくなった?」
 蓮っ葉な声で、ネルはそう言った。一瞬見せた不機嫌な表情はもう消えていた。
 「違います。ミクさまがお呼びです。」
 「ミク女王が?仕方ないなあ。」
 片手に持った木刀で右肩を叩きながら、さも残念と言う様子でそう言ったネルは、兵士達にもう一度向き直ると、こう言った。
 「よし、後はお前達でやっていろ!私が戻って来るまでに千回素振りしていろよ!」
 ネルがそう言った瞬間、兵士達の表情が一瞬げんなりとしたことをハクは見逃さなかった。

 どうすればいいのかしら。
 居場所を執務室に移したミクは、カイトからの手紙をもう一度熟読するとその様に考えた。単純な求愛行動ならここまで悩みはしない。興味が無ければ断ればいいだけの話であるからだ。ただ、お互い王族という立場が問題を複雑にしている。対応を一歩誤れば国際問題へと進展することはミクには容易に想像がついていたからである。そもそも、青の国のカイト王と黄の国のリン女王は許嫁の関係であったはずだ。カイト王はその関係を反故にするつもりなのだろうか。その様なとりとめのない思考を展開しながら、ミクはカイト王と初めて会話をした時のことを思い出した。あれは去年の遊覧会の時のことであったはずだ。青の国主催で開催された遊覧会、ミクが初めて女王として参加した遊覧会の席で、カイトはこう言った。
 『貴女ほど美しい女性には、今までお会いしたことがありません。』
 それ以来、カイト王からの恋文が頻繁にミク女王の元に届くようになっていた。そして時折お忍びと称して緑の国を訪れる。それは構わない。いずれ私も夫を選び、緑の国の後継者を育てなければならない立場であることは理解している。しかし。
 黄の国との関係悪化を恐れていないのか。
 ミクが気にかけているものはその一点に集約される。私がカイト王の妻となると言うことは、即ち国際条約となっているカイト王とリン女王の婚約破棄に繋がる。常識を持つ人間であるならばカイト王の非を認めるであろうし、黄の国が青の国と緑の国に攻め入る正当な大義名分ともなる。最悪、ミルドガルド大陸全体での総力戦となるかもしれない。
 かといって、緑の国の数倍の国力を誇る青の国の国王の申し出を無下に断ることに対するリスクも大きい。黄の国が漁夫の利を得るだけの結果に終わるだけだろうが、それでも現在の緑の国には青の国との全面戦争に勝てるだけの戦力を有していない。戦とならずとも、貿易関係もある。小国である緑の国は黄の国と青の国との商業貿易で国を成り立たせている国家だ。青の国との関係が覚め、貿易関係が希薄になると真綿で首を絞められるように国力を削られてゆくことは明白な事態であった。
 私だけでは回答を導き出せないわ。
 ミクが諦めたようにそう結論を出した時、執務室の扉が二度叩かれた。
 「入って。」
 ミクはそこで思考を中断し、訪問者を招き入れた。丁寧に扉を開いて入室した人物はグミ。扉を後ろ手で閉めて一礼をしたグミに向かって、ミクはこう言った。
 「突然呼び出してごめんね。ネルも呼んだのだけど、まだかしら?」
 「ネル殿でしょうか。私は見ておりません。」
 「そう。とにかく、座って。」
 ミクがグミに向かってその様に着席を促すと、グミはミクとは長机を挟んで向かい合う位置に腰を落ち着けた。そのまま、ミクはとりとめのない会話をグミと交わす。ネルが来るまで本題に入らないつもりだったのだ。それからしばらく過ぎた後、荒々しく扉が叩かれた。その叩き方だけでネルがやって来たと判断したミクは、不意に緩められた口元を開き、「入って。」とネルに向かって告げた。
 「どうしたのです、ミク女王。」
 勢いよく扉を開いたネルは入室するなりそう言った。訓練から直接訪れたのだろう。腰には愛剣、右手には木刀、着用しているものは軍服というスタイルである。
 「訓練中にごめんね。とにかく、座って。」
 「戦なら今から出立致するわ。」
 ネルはそう言いながら扉を閉めた。大げさな音を立てて執務室の扉が閉じられる。
 「戦ではないわ。二人に相談したいことがあって。」
 「グミ殿はともかく、私に相談されても妙案はありませんよ。」
 一瞬グミに視線を向けたネルは、そう言いながらグミの隣に着席した。木刀の先端を床に突き、机に向かって立てかける。
 「二人とも揃ったところで、私の話を聞いて。」
 ネルが話を聞こうと身を乗り出したことを受けて、ミクは重い口を開いた。先程まで一人で思索していた内容を二人に伝える。十五分程度続いたミクの話を受けて、まず口を開いたのはネルだった。
 「それなら断ればいいわ。青の国が攻めて来たって私が食い止めます。それに、そんな事態になったら黄の国に援軍を求めることだってできるじゃない。カイト王に不倫の気配ありと伝えれば躍起になって青の国に攻め込むと思うわ。」
 「ネルらしい回答ね。グミはどう?」
 ネルの言葉に向かって頷いたミクは、次にグミに視線を移してそう訊ねた。そのグミは軽く握りしめた右こぶしを口元に当て、視線を下げて思索するように沈黙していたが、暫くの時間が経過した後にこう言った。
 「ネル殿の仰る通り、最終的にはお断り申し上げることが最上であると判断致しますが、果たして明日訪れられるカイト王を無下に扱うべきなのか。幸いにも明日の回答を求められている訳ではありませんし、妙案が浮かぶまでは態度を留保されるべきだと考えます。」
 視線を上げ、真っ直ぐにミクの瞳を見返したグミはその様に述べた。それに対して、ネルが反論を入れる。
 「結局最終的には断るのでしょう?なら、今お断りしても構わないと思うわ。」
 あくまで強気にネルはそう言った。まどろっこしい駆け引きは苦手な人間なのである。
 「危険です。とにかく明日は穏便に。夏の遊覧会も迫っておりますし、妙な出来事で国際関係を悪化させる訳にはいきません。」
 グミはそう告げると、ミクに判断を促すように視線を向けた。ネルも同様にミクを見つめる。二人の意見は分かった。しかし、ここはグミの判断が妥当か、と考え、ミクは再び口を開いた。
 「二人ともありがとう。ここはグミの案を採用するわ。明日は穏便にカイト王を接待します。その間、ネルはカイト王の申し出をお断りした場合の防衛計画を考えて。グミはお断りするまでの方針を検討してね。」
 ただ、問題を引きのばしているだけのような気もするけれど。
 ミクはつい、その様なことを考えたが、かといって妙案があるかというと、全く思い浮かばなかったのである。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

ハルジオン⑭ 【小説版 悪ノ娘・白ノ娘】

みのり「第十四弾です!」
満「だんだん深刻になってきたな。」
みのり「そうだね。前作『小説版 悪ノ娘』とは大分違うストーリーになって来たけど・・。ところで、そろそろミルドガルド大陸の原典について解説しない?」
満「そう言えばそうだな。」
みのり「えっと、結局ミルドガルドって言葉はどこから生まれたんだっけ?」
満「これはトルーキン大先生著作の『指輪物語(ロード・オブ・ザ・リング)』からヒントを頂いている。」
みのり「映画化された、ホビットとかエルフが活躍する物語ね。ファンタジーの大古典と言われているよね。」
満「そう。その『指輪物語』の舞台は地球なのだけれど、歴史に残らない程度の過去の地球を舞台にしている。その世界を、トルーキン大先生は『中つ国』という名前を与えた。古い英語の表現で、Middangeard(ミドガルド)と呼ばれている。」
みのり「このミドガルドを少しもじって、ミルドガルドにしたんだよね。」
満「そういうこと。そして今念の為別の出典がないかを確認する為にググってレイジが驚愕した。」
みのり「ほえ?」
満「・・『ミルドガルド』でググると、一ページ目に『ハルジオン⑫』が出た・・。」
みのり「凄・・。」
満「レイジも吃驚だ。」
みのり「なんだかすごいことになっちゃいましたが、とりあえず続きは今日中に投稿します☆続きをお待ち下さい♪」

閲覧数:376

投稿日:2010/03/07 13:36:03

文字数:3,908文字

カテゴリ:小説

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