5:50
今日は私が料理当番なので、普段より早めに起きて台所に立つ。
二日酔いで頭がガンガンする。昨日あんなに飲むんじゃなかった。
6:30
頭の痛みに耐えながら私が何とか三人分の食事を作り終えると、階段を下りるけたたましい音と共にマスターが起きてきた。
「おっはよーう!今日も素敵だね僕のかわいい弱音さんお願いだから胸に触らs(y」
過激なスキンシップを求めるマスターを拳で黙らせ、私は食卓につく。何で朝っぱらからこんなにハイテンションなんだこの人。
「ふわぁ……おふぁよう……」
その後すぐ、ボサボサのツインテールを揺らしながら、もう一人の同居人が降りてきた。
「ミクさん?今日は随分早いんですね」
この家のミクさんは朝が弱く、食事当番の時以外は基本的に10時近くまでは起き出してこない。こんなにも早い時間に起きるのはとても珍しい事だ。ミクさんの分の朝食のラップをはがしておく。
「ふふ、秘密だよ♪ね、マスター」
シャワーを浴びさっぱりしてきたミクさんは、微笑みながらマスターと意味ありげな視線を交わした。この2人が企むのは大抵ろくなことじゃない。私は激しく不安に駆られた。
7:00
「じゃあ行ってくるよマイハニー達!僕がいないからって寂しくて泣いたりするなよ!!」
マスターは大声で私達に呼びかけてから大学に向かった。あの人には羞恥心というものが存在しないのだろうか。
(さて……)
マスターの姿が見えなくなってから、私も出掛ける準備を整える。
「ではミクさん、留守をお願いします。お昼は冷蔵庫にネギま串が入っていますので」
「わーい!ネギま大好きだよー!ありがとー♪」
ネギまというよりは彼女の場合ネギが好きなんだろう。
笑顔のミクさんに見送られ私は出掛けた。
7:30
「あ、弱音さん!おはよう!今日も宜しくね!」
「はい」
家から何駅か離れた料理店につくと、今日も威勢のいい店長が出迎えた。私が更衣室で服を着替えていると、店長が私に突然呼びかけてきた。
「弱音さん!突然悪いんだけど、一つ頼まれてくれる?」
「何でしょうか」
「実は今日接客のコが一人急に来れなくなっちゃってね……変わりに接客してくれない?」
「ええっ!?」
人と接するのが苦手だから、裏方にまわりたくてわざわざこんな遠い場所をバイト先に選んだのに……
「わ、わかりました……」
しかし、お世話になっている店長の頼み、無下に断る訳にもいかない。大丈夫、今回だけだ……そう言い聞かせ私は接客に回った。
16:00
「お疲れ様ー!今日はありがとねー!!」
「はい、失礼します……はぁ……」
ようやくバイトの時間が終わり、私は解放された。
緊張のあまりお客さんの前で噛んでしまった事が頭を離れない。
「よ、今日もシケたツラしてるな!」
「え、ネル?」
私が顔を上げると、友人の亞北ネルが立っていた。
彼女とはバイト先で知り合い、以後一緒に遊びに行くようになった。
「ネルはこれからバイト?」
「ああ。そーゆうお前は終わったところみたいだな……入れ替わりとはついてないぜ」
「うん。頑張って」
「ああ、今度ライブ見に行く約束忘れるなよ!」
「うん、じゃあね」
ネルにあって、ちょっと元気がでた。
「よし、帰ってご飯作らないと……」
私は少し駆け足で家に向かった。
16:30
「ただいまー」
私が家に帰ると、ミクさんが何故か慌てて玄関に出てきた。
「お、お帰りなさい!今日は、随分早いね!」
「冷蔵庫に今日帰る時間貼っておいたんですが……」
普段より早いのは確かだが、ちゃんとメモは残していた。
「あ、そーだっけ!気づかなかったよ!」
「今度からはもう少し目立つように貼っておきましょうか……」
「あ、駄目っ!」
と、私が靴を脱ぎ上がろうとすると、なぜかミクさんが邪魔をする。
「駄目って、何がですか?」
「え、えっと、その……な、なんでもない……」
「?」
挙動不審なミクさんを訝しみながらも、私は家に上がり、居間の扉を開ける。
「こ、これは……?」
扉を開けて驚いた。居間の中は、様々な小道具で飾り付けられ、まるでパーティー会場のようになっていたのだ。
その中で何かをしていたマスターがこちらに振り向き、近寄ってくる。
「ミク!なんで入れちゃったんだよ!?五分くらい頑張れ!!」
「ごめんなさい……」
「あの、これは一体……」
「おいおい、主役がなにいってるんだよ。ま、ハクの事だからそうだだろうとは思ってたけど」
未だ状況が飲み込めない私に、マスターは笑って告げた。
「家に来て一周年、おめでとう」
「あ……」
すっかり忘れていた。一年前のこの日、私はここに来たんだ……
「大変だったんだぜー?特にこの辺りの飾りとかな……結局間に合わなかったが……」
「ご、ごめんなさいって言ってるじゃん!第一そこやったのわたしだよマスター!!」
「二人とも……」
私の呟きに、二人が一斉に振り向いた。
「何々?」
「感謝の言葉だろ?ベタだよなー!ま、それが良いんだけどー!」
「な、なんでもないですよ……早く始めましょう」
「お、図星か!」
「照れてる照れてる!可愛いー!」
「二人とも、うるさいですよ!!」
その後、私達は夜遅くまで騒ぎ続けた。
23:30
ドンチャン騒ぎも漸く終わりをつげ、今、家は夜の静寂に包まれていた。
「全く、やれやれ……何で私が自分のパーティーの後片付けをしているんだか……」
ミクさんは早々にリタイアして自分の部屋に戻り、マスターもお酒を煽る内に眠ってしまった。いくら私の為のパーティーだったとはいえ、散らかしたままという訳にもいかない。
一通り片付けを終え、ソファーでだらしなく眠るマスターに毛布をかける。
「ふふ……」
それにしてもあどけない寝顔だ。普段もこれくらい可愛いければいいのに。
「……ん?」
マスターが寝返りをうった時、そばに箱があるのに気がついた。
(何だろう……)
拾ってみると、それは曲の楽譜だった。作詞者の名前にはマスターとミクさんの名前が刻まれている。
何度も手直しした後があり、決して綺麗な字体とはいえない。歌詞もありきたりで曲調にも特徴はなく、名曲と呼ばれるものには到底なり得ないだろう。
(これを、親愛なる弱音ハクへ送る、か……)
しかし、私にとっては、これはもう一生忘れる事は出来なくなっていた。
(……あれ?)
読み進むと、最後のフレーズだけが欠けていた。
五分でマスターが仕上げようとしていたのは、これだったのだろうか。
(……よし)
私は、しばらく考え、フレーズを書き加えた。そして、あの時言いかけた言葉を、改めて呟いた。
「二人とも……ありがとう」
さて、そろそろ新しい1日が始まる。
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