62.暁

 刃を前に、リンの唇がつぶやいた。
「ただの娘として生きてしまって、ごめんなさい。わたしは、悪ノ娘なのに」

……わたしに斬られたホルストやシャグナは、痛かっただろうか。刃を向けられたメイコは、怖かっただろうか。そして、死に追いやったミクやレンは、苦しかっただろうか。

 ハクの刃の狙いが、わずかに震えて急所を逸れた。

 おそらく、人の命を奪ったことのないハクの刃は痛いだろう。そして、苦しいだろう。
 それでもいいとリンは思った。
 ここで出会ったのが、運命だったのだ。

 リンは静かに目を閉じた。ハクの熱を目の前に感じた瞬間、

「駄目だ! ハクさん!」

 男の声が響き、リンは砂の上にはじきとばされた。

「何?!!」

 乾いた砂の上に倒れ、わずかに呻いたリンが身を起して見たものは、刃を構えてまっすぐに突っ込んできたハクを抱きしめた、あの『巡り音』の青年の姿だった。

          *         *

 恨みに乗せて刃を振りかぶり、怒りの勢いで刃を繰り出したハクの目の前が、大きな影にふさがれた。
 刃を構えたまま、ハクはその影に突っ込んだ。

「駄目だ! ハクさん!」

 その声を認識した瞬間、大きな影が、ぶつかるようにハクを力強く抱き止めた。
「!」
 刃を握る手が、力強く温かい手に止められる。ハクの身体はその影の胸にぶつかり、影はハクごと砂浜に倒れこんだ。
 倒れても、影は、ハクの手を放さなかった。
「……」
 我をとりもどしたハクの目が、その影を人だと認識する。
 桃色の髪、黒の衣装。そして、緑のかかった青い瞳……

 その時、浅く白み始めていた夜に、ゆっくり太陽が昇ってきた。
 朝焼けの色が、影の男を照らし、その髪を金色に輝かせた。

「あなた……まさか……!」
 言葉を失ったハクの目から、ぼろぼろと涙がこぼれおちた。
「あなた……まさか……まさか……!」
 男の後ろで、元黄の女王が、ゆっくりと身を起こす。しかし、すでにハクの視界には入っていなかった。ハクの目は、自分を受け止めたその男の目に、釘づけだった。

 明るい色の髪。緑のかかった青い目。
 髪を桃色に染めていても、背が伸び、声の変わった姿であっても。
 それは、ハクが忘れもせぬ人物。

「レン……!」

 思わずつぶやいた名前に、その男は、困ったように笑い、そしてそっと指を自身の口に当てた。
「……違うよ。今は、まったくの、別人だ」

 男は、そっと、自身の名前を名乗った。
 その名を、古い言葉で、輝きを留める者、と言った。

         *         *

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悪ノ娘と呼ばれた娘【悪ノ二次・小説】 62.暁

暁の光が、必死に生きすぎたかれらを照らす。

光になろうと懸命にあがいた日々はこちら↓
悪ノ娘と呼ばれた娘【悪ノ娘・悪ノ召使二次・小説】 1.リン王女
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閲覧数:397

投稿日:2011/03/19 22:04:06

文字数:1,103文字

カテゴリ:小説

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