第二章 ミルドガルド1805 パート11
レンにもう一度逢える?
リーンの声が海岸に響き渡り、その声が波打ち際の潮の音に紛れて消えていった後、リンはその様に考えてその蒼く透き通る瞳をひとつ、瞬きさせた。潮風が吹き、リンとリーンの黄金の髪を綺麗に靡かせる。
「本当に?」
リンは暫くしてから、リーンに向かってまるで呟くようにそう言った。
「きっとよ。」
力強く、リーンは頷く。まるであたしみたい。一度言い出したら耳を貸さない性格なのだろう。
「でも、どうやって。」
リンは不安そうにリーンに向かってそう言った。まるで鏡写しのようによく似たあたし達だけど、ほんの少しだけあたしとリーンはその持ち合わせているものが異なっている。あたしは大切な人を失った。でもリーンは大切な人をまだ失ってはいない。
「分からないけれど、きっと何かがあると思うの。あたしがこの世界に来た原因を探れば、或いは何かが分かるかも知れない。とにかく、信じていればいつか会えるわ。」
根拠など無い。ただ確信だけを持ってそう力説するリーンの姿を見て、リンは思わず口元を緩めた。直後に、吐息が唇から溢れて、そして笑った。
「リーン、あなたって不思議な人ね。」
リンがそう言うと、リーンはまるで不本意という様子で頬を膨らませると、こう言った。
「だって、あたし聴いたもの。レンの声。」
「でも、一体どこで。」
「グリーンシティの郊外、迷いの森と言われている場所で。」
「迷いの森・・?」
リンはその場所をどこかで聞いたことがあるような気分がして、暫くの間視線を彷徨わせた。確か、あれは数年前にハクと昔話をしている時。ハクはなんと言ったか。あたしは迷いの森で育ったの。直後に、リンは立ち上がった。
「ハクに聞きましょう。」
「ハクに?」
リーンのその疑問に対して、リーンは勢いよく立ち上がり、そしてこう言った。
「そうよ。ハクは迷いの森の最深部にある名も無き村の出身なの。もしかしたら、何か知っているかも知れないわ。」
先ほどまでとは違う、希望に満ちた言葉をリンはリーンに向かって告げると、颯爽と歩き出した。
「リン、どこに行くの。」
リンに遅れまいとするリーンの声を背後に受けてから、リンは首だけで振り返り、そしてこう言った。
「修道院に戻ってハクに聞くの。それに、ルカもいる。きっとあたし達に道を示してくれるわ。」
リンはそう言うと、再び歩き出した。潮風に運ばれるような、軽やかな足取りで。
こいつは、驚いた。
リンとリーンが運河沿いを戻ってゆく様子を遠目で眺めながら、ジャノメは呻くようにそう呟いた。海岸から数十メートルは離れている潮風避けの松林の中でジャノメはリンとリーンの姿を観察していたのである。だが、これでリン元女王が生存していることは確実になった。では、あの時処刑された者は一体誰だったのか。相当に良く似た人物を犠牲にしたに違いない。誰にせよ、カイト皇帝をはじめとしたミルドガルド帝国の閣僚全員が見事に騙されたということだ。史上最大のペテンだろうな、とジャノメは考えながら松林から町に向かって歩き出した。だが、これからどうするか。リンだけならいざ知らず、メイコとルカを相手にして一人で戦えるわけもない。それに、リンに非常に良く似た小娘のことも気にかかる。確かリンには姉妹はいなかったはずだ。あの奇抜な服装から推測するに、ゴールデンシティからずっとルカとメイコと同行していた金髪の少女であることは間違いが無いが、ならば一体何者なのか。元黄の国の王族の特徴であった金髪蒼目を持つ人間が他にも存在しているとは考えにくい。
いずれにせよ、シューマッハ殿には判断できぬ内容か。
ジャノメはそのような判断を行ってから、カイト皇帝に直接に報告する必要があるな、という結論を下した。
紅茶が、すっかり冷めてしまったわ。
ハクは手持ち無沙汰を誤魔化すかのように、いつの間にか湯気を立たせなくなったティーカップを眺めてその様なことを考えた。
リンと、そしてリーンと名乗るリンの生き写しのような少女がルカの私室を出ていってから、もうかなりの時間が経過していた。メイコはリンが出て行った後、椅子には戻ったものの項垂れたままであったし、ルカはルカで先ほどからずっと何事か考えている。あたし自身、ルカの話をすべて信じられたわけではない。でも、彼女は迷いの森からこの時代に訪れたと言う。あの森にこの世界と別の場所を繋ぐゲートがあるというのだろうか。確かに、外の世界に出てきてから改めて考えるとビレッジは不思議なことが多すぎた。すべての人間が見事な緑色の髪を持っていたし、迷いの森はその存在そのものに対して強力な魔術が掛けられていた。あたしがかつて毎晩訪れていた千年樹と、村の入り口に相当する二本杉との距離は毎晩変わっていたし、とハクがビレッジのことを思い返していると、唐突にルカの私室の扉がノックされた。
「どうぞ。」
ルカが暫くの時間を置いても反応する気配を見せないので、やむなくという様子でハクはノックの相手に向かってそう声を掛けた。直後に、丁寧に扉が開かれ、小柄で愛くるしい瞳を持つ少女がその顔をのぞかせた。ミレアである。
「お邪魔してごめんなさい。ハク、ここにいたのね。」
安堵した様子でそう告げたミレアに向かってハクはこう答えた。
「どうしたの、ミレア。」
「ウェッジさん、今日も来たよ。」
その言葉に反応して時計を見る。既に時刻は三時を回っていた。もうこんな時間か、と考えてハクが席を立とうとしたとき、それまで何事かを思考していたルカが唐突に口を開いた。
「待ってハク。ミレア、お手数だけどウェッジをここに連れて来てもらえないかしら。」
ルカにしては珍しい言葉だった。ルカがウェッジに会いたがるなど、これまでの四年間で一度も無かったからだ。その言葉にミレアも理解できないというような表情を見せたが、修道院長であるイザベラですら一目置いているルカの言葉に反対する理由はない。ミレアはそう考えたのか、素直に頷くとルカの私室から退出していった。
「一体どうなされたのです、ルカ様。」
ミレアの足音が廊下の奥へと消えていってから、ハクはルカに対してそう訊ねた。それに対してルカは不敵に微笑み、こう言った。
「一人でも戦力になる人間が欲しいの。流石に戦慣れしていない女性三人を連れて長旅は出来ないから。」
どういうことだろうか、とハクは考えた。確かにウェッジの腕前はよく知っているが、女性三人とは誰のことを指しているのだろうか。ルカ様もメイコさんも相当の腕前をお持ちだとは風の噂に伝え聞いている。そうハクが考えていると、ルカは落ち着いた様子でこう言った。
「話はウェッジが来てからにしましょう。」
その言葉にハクは曖昧に頷いた。それから暫くして、再び私室の扉が叩かれた。
「入って。」
今度はルカがそう答えた。そしてウェッジが、流石元緑の国の近衛兵隊長という格式ばった態度で入室してきた。普段より緊張しているように見えるのはウェッジであってもルカに呼ばれることがあるとは考えたことが無かったからだろう。
「失礼いたします、ルカ殿。」
ウェッジは丁寧な口調でそう言いながら室内を見渡した。そして一点で視線を止める。丁度顔を上げていたメイコと視線が合い、激しい火花を散らし始めた。私室の空気が一瞬で緊迫する。反射的といわんばかりにウェッジは腰の大剣に手を掛け、そして鋭くこう叫んだ。
「赤騎士団隊長メイコ。貴様、何故ここにいる。」
恨み。奪われたものが、奪ったものに対して本能的に覚える感情だった。あたしもウェッジも、同じものを失った。即ち、永遠の忠誠を誓ったはずの君主を。
「ウェッジ殿。どこかで聞いた名だとは思ったが、緑の国近衛兵隊長殿であったか。」
ウェッジに対して、メイコは何かを達観したかのように口元を歪めながらそう言った。
「我が名をご存知とは恐縮の至り。だが、貴殿が我が敵であることにはなんら代わりはせぬ。何の目的でルータオまで訪れたのかは知らぬ。だが、これは天が与えた好機であろう。剣を抜け、メイコ殿。」
この場で果たし討ちをするつもりか、とハクは考え、戸惑った様子でルカを見つめた。ルカが何事か口を開きかけたが、それよりも前にメイコが言葉を放つ。
「いずれ決闘は受諾しよう。だが此度は戦いに来たわけではない。」
「赤髪のメイコともあろう者が恐れをなしたか。」
ウェッジの口調も、珍しく荒々しいものになっていた。少なくともハクの前では見せたことの無い殺意が狭い部屋を満たし、暴発寸前にまで緊迫している。ウェッジの性格からメイコが剣を抜くまで構えることは無いだろうが、危険な状態だった。そのとき、ルカがハクに向かってこの場には似つかわしくないほどに軽い調子でウィンクをして見せた。つまりあたしがこの場を押さえろということか、とハクは判断し、ウェッジに向かってこう言った。
「ウェッジ、メイコさんが言っていることは本当よ。」
その言葉に、ウェッジは僅かに戸惑ったようにハクを見てからこう言った。
「ハクもご存知でしょう。この女は俺たちの仇です。」
「でも。」
あたしはリンを受け入れることでミクさまの恨みを許した。でも、ウェッジはまだその事実を知らない。たった四年の年月で深い恨みを忘れ去ることが出来る訳が無かったし、その気持ちはリンを殺しかけたあたしにはよく理解できる。だけど、ウェッジがここでメイコに手を掛ければきっと取り返しのつかないことになる。それもあたしにはよく理解できる。一体どうしたらウェッジを納得させることができるのだろうか。ハクがそう考えてルカの姿を見たとき、ルカは手元にあったらしい手帳に一言書いて、それをハクに向かって掲げて見せた。
『上目遣いで、もっと甘える感じで。』
一瞬で頬が火照る感覚をハクは味わった。もっといい方法は無いのかしら。メイコをにらみ続けるウェッジの姿を脇目に収めながら、ハクは困り果てたと言う様子でルカに向かって小さく首を横に振った。無理です、あたしには出来ません。
『早くして。』
ルカからの二つ目の筆談はそんな内容であった。ハクは思わず溜息を漏らし、そして恥ずかしさに自然に潤んだ瞳で慣れない上目遣いをしながらウェッジを見つめると、小さな声でこう言った。
「ウェッジ、お願いだからここは抑えて。」
自身が実際にどんな表情をしていたのかは分からない。だが、ウェッジに対してはクリティカルヒットを与えた様子だった。
「は、ハク、そんな顔をしないでください。」
ウェッジの頬が赤く染まった。恥ずかしいから瞳が潤んで、声も小さくなっただけなのに、ウェッジに対しては意味の無い戦いを行おうとしているウェッジに対してハクが必死の想いで止めようとしているように写ったのである。ハクが俺の身体を案じて悲しんでいる。愛する女を悲しませるとは何事か。その様に、ハクが微塵も予想すらしていない妄想を脳内で完成させたウェッジはようやく剣から手を離すと、なんとなく情けない口調でメイコに向かってこう言った。
「な、ならば此度はハクの想いに応えて剣を収めよう。決着は後日。」
その言葉を受けて、ルカが扱いやすい男って楽ね、と小さく呟いたのだが、その声は残念ながらウェッジの耳には届かなかった。
小説版 South North Story 30
みのり「お待たせしました!第三十弾です!」
満「ジャノメの動向も気になるところだが。」
みのり「ウェッジさん・・。」
満「相変わらずというか進化してるな。」
みのり「この二人どうなるのかしら。」
満「一応進歩してるんだぜ。」
みのり「気づいた人いるかな?ウェッジがハクを呼ぶとき呼び捨てになっているんだけど。」
満「唯一の四年間の成果だ。」
みのり「・・時間かかりすぎ。」
満「まぁウェッジだから。」
みのり「そうね。では、次回もご期待ください!」
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ご意見・ご感想
wanita
ご意見・ご感想
ルカひどいwww!
まさかのギャグパート出現にびっくりです。相変わらず美味しいですね!ウェジハク!
2011/04/17 16:14:46
レイジ
沢山コメントありがとう☆
この回はみんなウェッジに吹いたからねw
ウェッジはひたすらにいじられる・・。
そのうちくっつけてあげたいなぁ♪
暫く時間を置いて読み返すと、違う観点から本を読んでるってこと、確かにあるよね!
自分自身の見方が変わると、小説も違った表情を見せてくれる・・。
それも一つの魅力だと思います。
ではでは、続きも宜しくです☆
2011/04/17 19:44:35
紗央
ご意見・ご感想
4年間でやっと呼び捨て・・・(笑
ルカに激しく同意ですww
扱いやすいwwwwwww
でもめーちゃん無事でよかったです^^*
妄想ww(爆
2010/08/31 13:51:46
ソウハ
ご意見・ご感想
こんにちはー。更新お疲れ様ですっ。
『上目遣いで、もっと甘える感じで。』に吹いてしまいました。
ボケ担当になってきているウェッジさんが心配になってきました。
続きが気になってきました。けれど次の日曜日と考えると、『あ、期末テスト近い』ということに気づく。(2期制なので)
もうそろそろ秋ですね。季節の変わり目とかで病気とかが多くなるので、体には気を付けてくださいね。
雨も多くなりますし。
それでは、お仕事頑張ってくださいね。
2010/08/29 15:07:22
レイジ
コメント感謝です!
『上目遣いで?』に皆吹いてますねww
計画通り☆
きっとウェッジは大丈夫だよ。(棒読み。)
期末テストですか・・大変ですね・・。
二期制の学校なんですね。頑張ってください!
学生時代の勉強は将来絶対に役に立ちますよ!勉強ちゃんとしてる人間(用は頭がいい人)って全般的に出世早いので・・^^;
ではでは、僕も身体に気をつけながら頑張ります!労わりのコメント本当にありがとうございます☆
続きもお楽しみくださいませ!
2010/08/29 18:07:41
matatab1
ご意見・ご感想
『上目遣いで、もっと甘える感じで。』見た瞬間吹きました。確信犯のルカ、恥ずかしがるハク、暴走状態のウェッジさんの三人に笑いが止まらない。
ウェッジさんの将来が本気で不安になってきました。
2010/08/29 14:35:51
レイジ
コメントありがとうございます!
いやぁ、たまにはギャグも必要でしょう。
こーゆーネタはウェッジじゃないと出来ないし^^;
こんなウェッジですが今後ともご支援お願いします☆
では続きもお楽しみくださいませ♪
2010/08/29 18:01:19