第十三章 悪ノ娘 パート2

 「まもなくカイト王がご到着されます。」
 間もなく正午になるというころ、グミはメイコに向かってそう告げた。
 「分かりました。では、お出迎えに向かいましょう。」
 メイコはそう言うと、グミを連れて王宮の正門へと向かうことにした。
 今日、リン女王が処刑される。
 王宮の廊下を歩みながらメイコは思わずそう思い、深い溜息をついた。
 リン女王ではなく、レンだけど。
 レンの望み通りにしてあげることは本当に正しいことなのだろうか。
 メイコがリンとレンの入れ替わりに気が付いてから、ずっと考えていたことであった。
 それでも、誰かが見せしめとして処刑されなければならない。そうしないと民衆が納得しない。そしておそらく、カイト王も。
 「どうかされましたか?」
 ずっと沈黙を続けているメイコに不信感を持ったのだろう、メイコ達が正門に到着するとグミはその様に声をかけた。
 「少し、緊張しています。」
 「ご心配は不要です。カイト王はお優しい方ですわ。」
 「カイト王には一度か二度、お目にかかっただけですが・・優秀なお方のようですね。」
 「そうです。なによりも民を大切にするお方ですわ。」
 「そうですか。安心しました。」
 メイコはそう言うと、やや呆然と遠くの空を眺めた。
 その時、城下町の方向から歓声が上がった。カイト王をたたえる言葉がメイコの耳にも届く。黄の国の国民は、カイト王を熱狂の元に迎え入れることを選択したらしい、とメイコは痛感し、僅かに瞳を伏せた。
 「ご到着なされたようですね。」
 グミが城下町の方角を眺めながら、そう言った。

 カイトが王宮に到着すると、青の国の将軍達とメイコを引き連れてひとまず謁見室へと向かい、そして自ら玉座に居座った。そして、メイコに向かってこう告げる。
 「この度の戦い、よく働いてくれた。」
これで、黄の国は実質滅亡した。
 メイコはその事実に一抹の寂しさを覚えながら、こう答える。
 「全てはカイト王のご威光にございます。」
 「うん。それで、リン女王は?」
 「地下牢にて監禁しております。事前のお手紙の通り、本日処刑を予定しております。」
 「そうか。ならばまずはリン女王の処刑から執行しよう。」
 カイトがそう言った時、メイコは一つ呼吸をするとこう言った。
 「カイト王、恐れながら一点宜しいでしょうか。」
 「なんだ?」
 「リン女王は背徳の女王とはいえ、我が主君であった人物でございます。処刑ではなく、流刑として処置して頂けませんでしょうか。」
 メイコがそう告げると、カイトは僅かに不機嫌に表情をゆがめてこう言った。
 「それはできない。」
 「は・・。」
 やはり、無理か。
 メイコはそう考えながらカイトの言葉を待った。
 「リン女王はミルドガルドに不要な戦乱を持ち込み緑の国を滅亡させ、更に無実の人間を処刑し、無垢な民から略奪を働いた。それにふさわしい罰は処刑以外にありえない。メイコ殿の主君を思う気持ちは理解できるが、それは受け入れることができない。」
 「・・畏まりました。無礼をお許しください。」
 メイコはそう言って、頭を下げた。
 ごめん、レン。
 頭を下げながら、メイコは小さく、そう呟いた。
 私では、あなたを助けることが、できない。

 「時間だ。」
 地下牢で静かにその時を待っていたレンを迎えに来た人物は、レンが顔を知らない無骨な軍人であった。それも、五名。
 とうとうこの時が来た。
 レンはそう思いながら、静かに立ち上がった。
 妙に、心が静かだな。
 レンはそう思いながら、軍人に前後左右を固められた状態で歩きだした。
 もっと、恐怖を感じるかと思ったけれど。
 自分が今日死ぬということに対して、まるで他人の出来事のように感じる。
 もう、僕はこの世界にやり残したことがないからだろうか。
 僕が処刑されればリンは生き残る。そしてきっと、幸せになってくれる。
 なら、僕は死んだって構いやしない。
 そう考えている内に、地下牢を出る。数日ぶりの太陽の光に僅かに目を細めながら、レンは思わず空を見た。
 雲ひとつない、どこまでも蒼い空。
 まるで、リンの瞳みたいだ。
 レンはそう思った。もうどこか遠くへ逃亡しただろうリンのことを考えながら、レンは断頭台へ向かって歩き出した。処刑場所は黄の国の城下町の広場。その広場には既に多くの市民が詰めかけて、今日断頭台に上る人物を今か今かと待ちかまえているところであった。その市民達は、広場に姿を現したレンの姿を見て、大きな歓声を上げた。
 ほとんどの市民が見に来ているみたいだな。
 レンはそう考え、冷めた目で市民達を見渡した。リンがどれほど市民達に不人気であったかを実感したような気分に陥る。
 「リン女王陛下、こちらに。」
 レンを引率していた軍人が無理に威厳を作るような口調でそう言って断頭台を指し示した。
 「黄の国の軍人は随分と質が落ちたわね。」
 リンの口調を真似るように、レンはそう答える。
 「貴女はもう、女王としての権力を持ち合わせてはおりませんから。」
 軍人はそう言いながら、レンの首筋を掴むと無理矢理にレンをうつ伏せにさせて、レンの首を木枠で固定した。一瞬息がつまり、僅かに咳き込んだレンは、横目で時計台の時刻を確認した。
 午後、二時五十分。
 あと、十分。

 「意外と抵抗しなかったな。」
 断頭台から僅かに離れた場所に用意された特別席に居座ったカイトは、リン女王が断頭台に納まったことを確認すると、隣に控えているメイコに向かってそう言った。
 「おそらく、既に諦められていらっしゃるのでしょう。」
 メイコが口裏を合わせるようにそう言うと、カイトは僅かに頷き、そのまま沈黙した。
 これで私も同罪か。
 断頭台に首を固定され、あとは上部にある刃が落ちることを待つばかりという状態にあるレンの姿を見ながら、メイコはそう考えた。
 彼が召使であることは、私が墓の下まで持っていかなければならない秘密だ。それでも、王族殺しの汚名からは逃れられないだろうが、主君の命は救ったことになる。
 それが最適の答えであるとはメイコには到底思えなかったが、それで納得するしかないだろう、とメイコは考え、僅かに視線を曇らせた。

 首を固定されたレンは、無意識のうちにある人物の姿を探していた。
 この大衆の中で見つかるはずがない。第一、もう彼女はもう城下町から脱出しているはずだ。
 理性ではそう考えているのに、そのことを止めることができなかった。
 もし、まだ不都合があって逃げ出せていないとしても、もしこの大衆の中にいるとしても、数万人に膨れ上がっている人間の波のなかで一人の特定の人物を探し当てることなんて不可能だ。
 それでも、動く範囲を最大に使って、レンは探し続けた。
 彼女のことを。最愛の妹であるリンの姿を。
 だから、レンは始め、目の錯覚だと思った。瞬きをして、もう一度見たけれど、錯覚ではなかった。
 リン。
 平民の衣装に身を包み、フードに顔を隠していたが、その女性は間違いなくリンだった。どうしてまだここにいるんだ、という疑問を感じたのは一瞬だけ。逆にレンは小さく、こう呟いた。
 笑って。
 声が届くとは思えなかった。でも、リンはレンの瞳を真っ直ぐに見詰めて、そして。
 笑った。
 本当に、レンが見たかった笑顔だった。その笑顔に向かって、レンも笑った。
 最高の笑顔で。
 その時、教会の鐘が派手に響いた。
 午後、三時。
 「最後に言い残すことはないか?」
 断頭台のロープを切断するために、両手に剣をつかんだ処刑執行人が、レンに向かってそう言った。
 言いたいことなんてもうない。だって、僕はリンの笑顔を最後に見られたから。もう、思い残すことなんてない。
 でも、敢えてこの言葉を選ぼう。リン女王らしい、最後の言葉を。
 レンはそう決意して、そしてこう言った。
 「あら、おやつの時間だわ。」
 直後に、重い金属音が城下町に響き渡った。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

悪ノ娘 小説版 (VOCALOID楽曲二次創作) 27

第二十七弾です。最後にエピローグがあります。よろしくお付き合いください。
今まで書いていたなかで一番つらいエピソードになりましたね・・。次回作を書く機会があればハッピーエンドの話を書こうと思います。。

楽屋裏第二弾
ガクポについて。
メイコが反乱を起こした時に盛り上げるにはどうするか?ということを構想段階で考えた際に、どうしてもラスボスキャラが必要だったので登場させることにしました。青の騎士とかいう替え歌に影響された面はありますが、リンもレンも反乱の際には戦わないし、(レンは一度メイコと戦っていますが)キャラ的に日本刀を持っているということでガクポは最適のキャラクターでした。作品の中ではグミとメイコの連携攻撃で破れていますが、一応この作品の中では最強のキャラクターという設定です。
抜刀術は仕様です。流浪○剣心大好きなんで・・。

グミについて
ガクポを出すと決めた時に、グミだけ出さないのはどうなのよ?と考えて、何かに使おうと試行錯誤したキャラです。最後黄の国と青の国の戦争の最中にメイコが反乱を起こすというストーリーをふと思いついた時に、その使者となる人物として登場させようと考えたのがキャラ設定です。更にグミがそれに加担する明確な理由が欲しくなり、ミクの配下ということにしました。

ルカについて
僕の中でのルカのイメージが魔道士というものがあり、今回魔術師として活躍してもらいました。他の方が書かれている悪ノ娘の小説版ではメイコ側に立つことが多いような気がしますが、ルカはナビゲーター役も務めてもらいたかったのでリン側に立ってもらうことにしました。

レンの右手の痣
どうしてリンとレンが王女と召使になったのか?
悪ノ娘を書かれたかた、もしくは書こうとされた方は皆様悩むポイントだと思います。冷静に考えてよほどの理由がないと双子が分かれることなんてないよな、何しろ王家だし。
ということを考えると、レンには呪いが掛かっているという設定の方が納得できるような気がしたのでそうしました。それに、二人が双子だと知らない状態でスタートした方が後半盛り上がりそうだし、という浅はかな考えもあります。。そのあたりの狙いが上手くいっていれば幸いです。

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投稿日:2010/01/16 23:50:44

文字数:3,327文字

カテゴリ:小説

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