―――夕暮れの時は過ぎた。 赤く焼けた空は静けさという夜色のマントを被り、何れやってくる青天の時を待つ。だがその輝きの色が訪れるのはまだ先の話だ。 今は星がちかちかと瞬く闇の舞台に、小さな小さな群れが寄り集まるばかり。 ざわめきの中、客席を照らしていたライトがふっと消えた。一寸先も見えない暗闇に緊張が走り、人の群れは押し黙る。途端、舞台の方に細い光が落ちた。 その真ん中にいるのは、最初にして最大の奇跡と謳われた青い歌姫。 彼女は会場を見渡し、澄んだ声を会場中に響かせる。
「―――皆様、ようこそいらっしゃいました!皆様の善意に心から感謝します。 このチャリティーコンサートによって、多くの世界の人々が救われます。 どうぞ最後までお付き合いくださいますよう!」
軽くお辞儀をすると、再びライトは消えた。 そして今度は、目も眩むような光が会場中に溢れた。舞台にすでに初音ミクの姿はなく、代わりに今人気沸騰中の若手グループ―――もちろん全員人間!――― がいて、軽快なドラムと共に今年最もヒットした歌を披露しだした。会場が一斉に歓声を上げる。
とりあえず開演前に死角となりえそうな場所はシーマスと共に見回ったが、それらしき人物は見つからなかった。 というか、あんな黒づくめの格好をして会場周辺をウロついていたら、たとえ無関係の人でも通報すると思う。 犯人は普通の…そう、私がしているようなスタッフの格好をしているかもしれない。そうなったら顔も声も知らない私たちになす術はない。 現場をおさえるしかない、のだ。なるべくボーカロイドの側にくっついているのが一番手っ取り早くて確かな方法だろう。 ため息をついてシーマスを壁代わりにし、寄りかかる。鬱陶しがられた。
「…私、こういう一体感って、あんま好きじゃない…」
「それはお前が“一体”となっていないからだ。アレってやってる方は結構気持ちいいんだけど傍から見てる方は結構ドン引くんだよな。てか、不気味? 集団が同じような感じかもしだしてるっつーのはそりゃァ気色悪いもんだ」
「ちなみにシーマスは?」
「当然不気味に思ってる。出来れば一生見たくなかった」
眉根を寄せて客席を見渡すシーマス。暗くてイマイチ表情がつかめないが、予想はつく。 くすくす笑って、客席ではなく出演者の方を見やる。二番目の出演者はすでに舞台袖に待機しているし、恐らく三番目以降の出演者は控え室で最後の調整をしているのだろう。メイコは多分控え室周辺を警戒しているはずだ。 時間の経過と共に客席の一体感は増し、一個の“何か”が完成する。
「………。もうしばらくデッドスペース見回ってくるわ」
「デッドタイムは三時間後だぞ」
…トリの初音ミクの一つ前、それが“ラドゥエリエル試作機”に与えられた出番だ。 パンフレットには単に「シークレットゲスト」としか書いていないため、ラドゥエリエルの話が嘘でも嘘でなくとも他のシークレットゲストたちで誤魔化せるだろう。 再びため息をついて手をばたばたさせ一度回った道のりを再度歩き出す。
スタッフ達は忙しなく走り回っていた。喚く声は様々で、機材が足りない、ライトの色が違う、衣装はどこへ行った、あの飾りが紛失したそうだ早く探せでなきゃスペアを探せ、等々。 邪魔にならないよう隅を歩きながら注意深く周囲を見回す。 と、誰かとすれ違った拍子に肩がぶつかって、その人物が持っていたダンボールから中身の工具が零れ落ちた。慌てて拾い上げ、ダンボールの中に戻す。
「すみません、大丈夫ですか?」
「あ、はい。 工具は大丈夫のようです。 …出演者の控え室はあちらですが?」
言って、どうやらシーマスと同じ機械技師らしいスタッフは控え室の方を目で指し示した。 別に出演者ではないし控え室にも用はないが、何か言って訝られるのもいやだったので適当に相槌を打ち、こそこそ控え室の方へ向かう。 …あまりウロウロしちゃ邪魔する一方なので、早足で死角へ駆けた。
探し当てた死角は会場と舞台裏とは打って変わって人影ひとつ見当たらない。遠く遠くから歓声と音の振動が鈍く伝わるだけで、後は静かなものだ。ぺたぺた、色気の無い足音を響かせ蛍光灯が頼りなく瞬く廊下をゆっくり歩く。扉に鍵がかかっているか確認して回り、開いていた場合は侵入経路になりえないか犯人がもぐりこんでいないか目を凝らす。
九十分ほどかけて二度目の死角どころ巡りをすませ、ふうと長く息を吐いて、壁によりかかり、冷えた窓ガラスに額を押し付ける。すっかり夜が更けた。星は無慈悲な都会の輝きに隠されて全く見えない。ビル群に灯るライトの向こう側では仕事にふける誰かがいるというのに、今このホールでは慈善と享楽の真っ最中と言うのも不思議な感覚だ。道路を行き交う車。ネオン。ガラスに反射して映る私の瞳の中に、青白い面差しを晒す不気味な空洞の月。 もし月が太陽の光によって輝くのではなく地球の光によって輝くとしたら、今は一体何色に輝いているのだろうか。毒々しいピンク色ってか?
「………、ん?」
ふと違和感が頭を過った。 気がした。 小首を捻って引っかかりの出所を探るが、朧げな疑念は私に尻尾をつかませる事無く腕の中から逃げおおせ、何処かへと飛んでいった。 舌打ちをして髪の毛を掻き毟り、窓から離れて歩き出す。 ―――デッドタイムがやってくる。
To Be Next .
天使は歌わない 32
こんにちは、雨鳴です。
シリアスが続くと妙にコメディが書きたくなります。
…次の連載始める機会があったらコメディにしよう。
今まで投稿した話をまとめた倉庫です。
内容はピアプロさんにアップしたものとほとんど同じです。
随時更新しますので、どうぞご利用ください。
http://www.geocities.jp/yoruko930/angel/index.html
読んでいただいてありがとうございました!
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