顔面を押さえてもがき苦しむシーマスを放置してさっさと家へ帰る。連れ立つ二人はどちらも私にはつりあわないほど美形で魅力的ときたものだからカイトに続きまたもご近所の好奇心を刺激することだろう。まあいい、また 「幼馴染の従兄弟の友達の兄貴のホームステイ先の息子が交換留学生としてやってきていたのだけれど滞在先の家族の娘が彼氏の妹とトラブルになって滞在しているにいられなくて仕方なく兄貴の友達の従兄弟の幼馴染という関係を頼りにやって来たカイトを頼りにやってきた彼の元の二十六件隣のお嬢さんの姉の友達の同級生」 だとでも言えばいい。………いや言えるかな、私詳細には何て言ったんだっけか。すでにこんがらがって思い出せなくなってる。馬鹿なことをとりとめもなく考えていた最中、黙って私の横顔を眺めていたメイコが徐に言った。
「…あなたは私のマスターになるつもりですか?」
「ごふ」
反射的に咳き込む。メイコもまたカイトと同じようなことを言うのだなと思うと、妙に面白い。 まだごほごほやってる私の背中をさすりながら、カイトは楽しそうに笑って「常磐はマスターじゃなくて友達になりたいんだって」と言った。別に知人扱いでもいいのだけれども、という言葉は咳に紛れて外に出る機会を失った。 カイトの発言を聞いて、メイコはふっと視線を足元へ落とし、「そう、」とだけ呟いた。 真意のつかめない反応に首を傾げる。しかし同じボーカロイドであるカイトには通じるものがあったのか、そっと、静かに、声を紡ぐ。
「めーちゃん、さ」
「…何」
「…歌いたいんだ?」
「………」
「公園で歌ってた歌。…きちんと教えてもらったものじゃないんでしょ? 歌い方の“調整”は滅茶苦茶だったし、歌詞もはっきりしてなかったし」
ボーカロイドが「歌う」ためには、人間に歌を教えてもらい、更に人間の指導で細かい「調整」をしなければ、彼らの特徴である「人間のような歌声」は最大限発揮出来ない、とは聞いた事がある。 決して自分自身で作曲や作詞は出来ない。人間が何気なく口ずさむような歌声も、鼻歌も、彼らには出来ない。
…そう聞いていたのに、メイコが公園でひとり小さく歌っていた童謡は―――彼女が直接「教えて」もらったものではない、と? 愕然とする私の目の前で二体のボーカロイドは彼らにしかわからない次元の会話を続ける。 メイコはそっとため息をついて、初めて表情らしい表情を浮かべたが、それはとても哀しげな微笑みだった。
「…公園で遊んでた子供が、舌足らずに歌ってたのを聞いたのよ。 でも駄目ね。 やっぱり―――歌えない。 歌いたいと思ったって、「歌」が「無い」から歌えない」
「めーちゃん…」
「私って何なの? マスターが生きていた時だって、一曲も歌った覚えなんてない。教えてもらった覚えさえない。 そんなの、ボーカロイドなんて言える? …ずっとそう思ってた。だからマスターが目の前で息絶えた時―――酷いわよね、なぁんにも感じなかった。 ただ、外へ出て、歌いたかった」
誰でもいい。
誰でもいいから、私に歌を。
メイコの、悲鳴のような嘆き。 誰も彼女をアンドロイドだなんて思わないだろう。「歌えないから」ではない。こんなにも感情豊かで哀しい女性を、一体誰が機械仕掛けの体だなんて思う? 白い両掌に顔を埋めて、細い吐息が泣き声のように響かせる女性を、誰が。
「―――メイコさん…、…いや、 めーちゃん」
ようやく搾り出した私の言葉にメイコが顔をあげたが何か視線が冷たかった。 言いたいことはわかる、「このタイミングでめーちゃんは無いだろめーちゃんは、」とか思ってる。 あうち。 めーちゃんじゃねえメイコとかで止めておけばよかった。でも言ってしまったものは仕方が無いのでごほんと咳払いをして気を取り直す。
「私、作詞家なの。文字書くのは好きなんだけど、どーも人前で歌うのは苦手でね。カラオケとか行ったことない。強制連行されても壁の花気取るし。 多分テンションおかしくならないと正気で歌っていられない」
「…?」
言いたい事がわからずメイコは眉を顰める。私だって、学生時代散々人前で歌うことを嫌って合唱では口パクもしくは小声、カラオケでは誘われる前に身を隠す、そういう忍者みたいな生活をしていたのに、今更この年で人前で歌うハメになるとは思わなかった。しかも、自分から。 がしがし髪を掻き毟って、未だ撤回しようかと思ってる心を捨てて思い切りよく宣言してしまう。
「…そんなんでもいいなら。 いくらでも教えるから」
「―――…」
「うう言ってしまった。ちょっと調子ッ外れでも笑わないでよ!? どうせ絶妙な音痴だよ畜生!はっきりハズれてくれたらいいものを、微ッ妙ォ―――なハズれ方するよ!」
言ってて哀しくなってきてばしんと隣にいたカイトの背中を叩く。八つ当たりだよとカイトに文句を言われたが八つ当たりですよ文句あるか。 こっちは小学校の音楽の授業でクラスメイトに声をからかわれて以来ずっと避けてきた道なんだぞ。
これからやってくる羞恥プレイのことを思うととても素面ではいられない。家への帰り道のついでにどこかの店で酒でも買おう。 …そして、心ばかりの歓迎会を開こう。小さくてもいいからケーキでも買って、ささやかなお祝いをしよう。
「名づけてめーちゃん歓迎会」
「え。僕の時歓迎会してくれた?」
「服買ってやっただろーが。シーマスの所から強奪したんじゃないヤツ」
「…アイス買ってくれたらよかったのに」
「誰がアンドロイドがアイス食うと思うか。 …めーちゃんは、何か食べられる? もしかして」
カイトとの言い合いを止めメイコを振り返ると―――彼女は、笑ってた。 笑って、いた。 くすくすと、それはそれは美しく、凍りついた表情など無かった過去のように花開くような笑みを浮かべて、彼女は魅力的な唇をゆるやかにほころばせた。
「お酒。アルコールが燃料だから。 ―――ありがとう」
To Be Next .
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ご意見・ご感想
雨鳴
その他
こんにちは、雨鳴です。
読んでいただいてありがとうございます!
ボーカロイドとしての必要性よりも…、という感じを匂わせました。
書いてる本人が二度殺したくなったりだとか。
まだまだ続きそうなので、長い目で見守ってやってくださいませ。
いえいえ、私の方こそ誘っていただいてありがとうございました…!
もっと向上できるようがんばりますので、どうぞよろしくお願いします。
2009/08/04 09:53:10
ヘルケロ
ご意見・ご感想
ヘルフィヨトルです。
メイコさんが可哀そうです……
歌を一曲も歌わせてくれなかったなんて……
あの!……いえ、思い出したくもありません。
とりあえず笑って終われてよかったです。
続き楽しみにしています。
コラボ、来てくれてありがとうございます。
改めてこれからもよろしくお願いします^^
2009/08/03 10:35:43