『ぐ……ああああ……っ!!』
膝をつき、呻き声を上げるハク。地面に描かれた電子魔法陣は今にも消えてしまいそうなほど明滅を繰り返していた。
突然の不調を目にして、グミの表情が困惑に包まれる。
「え!?ええ!?メ、メイコさん!?ハクさん、どうしちゃったの!?」
「…………あの子の能力、『ボカロマスター』の欠点―――――」
「圧倒的なまでの、持久力の無さ」
「じ……持久力……?」
困惑から驚愕へと移り変わるグミの表情。
しかしその傍らで、ロシアンはどこか不満げな、しかし納得した様子を見せていた。
『……なるほどな。5本6体、16種の音波。しかもそれら全てをほぼ同時に操るともなれば、エネルギーの消費量は尋常ではない。あ奴の体一つに貯め込めるエネルギーでは、とてもではないが持たんということか』
「リンとレンの音波術が覚醒する前の稼働実験では、平均して3分。最長でも5分が限界だった。それを超えれば、エネルギー枯渇でほぼほぼ『シャットダウンに近い状態』で意識を失う。しかも今は潜在音波をも会得した『完全状態』……5分なんてとても持たない!!」
「え……そんな!?」
メイコの言葉で弾かれるように時計を確認するグミ。ハクがスキルを使い始めてからすでに4分が経過していた。
メイコの言葉が正しいとすれば―――――もはやハクに猶予はない。
『かはっ……がっ……』
「ハク!!もういい、それぐらいにしときなさい!!あとは私達が引き受けるから!!」
脂汗を垂らし、荒い息を吐き出すハクを下がらせようと、その肩をがっしとつかむメイコ。
しかし―――――
『ッ!!』
「!?は……ハク?」
ハクは震える手で―――――それでも力強く、メイコの手を払った。
そしてエネルギー枯渇によりのしかかってくる虚脱感を拭い去るように頭を振って、キッと空を睨みつけて叫んだ。
『≪ミク≫!!≪KAITO≫に鞭を渡して『オリジナル』を迎えに行って!!≪KAITO≫はミクの分まで全力で引きずり降ろせ!!≪ルカ≫は『心透視』で『オリジナル』の位置を割り出せっ!!』
《《《Yes,My master!!》》》
《兄さんっ!!》
《応!!卑怯プログラム発動『副作用無きドーピング』っ!!》
命を受けた≪初音ミク≫が、瞬時に鞭の先端を≪KAITO≫に投げ渡して船の側面へと回り込んだ。それと同時に、鞭を受け取った≪KAITO≫の両腕がボディビルダーの様に膨れ上がる。
そして≪初音ミク≫の移動を確認した≪巡音ルカ≫が、『心透視』を鳴らし『オリジナル』―――――船内のルカ達の居場所を割り出しにかかった。
ほぼ同時に三つの命令を下す―――――それは即ち、3種類の音波を同時に使用するようなもので、ハクの体からさらにエネルギーが削られて行く。
『うう……ぐふっ!!』
苦しげに呻くハクの口の端から血が垂れ始めた。エネルギーを使いきり、とうとう体組織が強制的にエネルギーへと変換され始めたのだ。
もう限界だ。今すぐスキルを止めろ―――――そう言ってきかなければ殴ってでもハクを止めようとしていたメイコ。
だが……言えなかった。殴れなかった。ハクの背中には、それを拒ませるほどの迫力と、悲哀が滲んでいたのだ。
『……ごめんなさい……迷惑なのは……わかっているんです。それでも……私がやり遂げなきゃ……戦うべき時ですら……役に立てないのなら……私がこんな力を得た意味が……無いんですっ……!!』
膝をつき、血を吐き、その目の焦点すら合っているかどうか怪しい。
だがその意識だけは、未だにはっきりと、確かな決意を宿して保たれていた。
言葉ではもちろん、殴り倒したところで彼女は力の行使を止めないであろう。その事を覚ってしまったメイコは、小さく舌打ちをして振り返った。
「グミっ!!ロシアン!!あんたらはハクと町の防御をお願いっ!!」
「ふえ!?は、はいっ!」
『仕方ないな。任せろ!!』
『カイトっ、行くよ!!』
『応!!』
周囲の3人に素早く命令を出すと、メイコはカイトを伴い、戦艦目がけて飛び立った。
『ボカロマスター』のエネルギー消費は『ネルネル・ネルネ・ネットワーク』でも補いきれない。あと1分もしないうちに、ハクは力尽きるだろう。
ハクが墜ちる前に―――――勝負をつけなければならない。
メイコは拳を握りしめ、戦艦を墜としに係った―――――――――――。
同じ頃―――ハクから命令を受けた≪巡音ルカ≫は、『オリジナル』の位置の割り出しを完了させていた。
『心透視』によって把握した『オリジナル』の気配を把握しながら、≪初音ミク≫に向かって叫ぶ。
《見つけたっ!!左側面後方112m、上方より46mを艦首方向に向かって移動中よっ!!》
《ラジャ―!!『Solid』っ!!!》
すぐさま≪初音ミク≫が移動し、指示された場所を『Solid』で切り刻む。
果たして―――――そこには、疲弊しきったミキを背負ったルカと、それに続くミク、リン、レンの姿があった。
《見つけた……『オリジナル』!!》
「え!?な、なに!?」
突然壁が切り刻まれて外への出口が開き、聴き慣れた声―――それも後ろにいるはずの人物の―――が飛び込んでくるという異常事態に、さしものルカも足を止めてしまう。
そして足を止めた一行に―――強烈な外への空気の流れが襲い掛かる。
「……ひゃあああ!?」
《!!まっずいっ!!『Soft・shawl』っ!!》
勢いよく外へと投げ出された5人を、慌てて『Soft・shawl』で包み込み支える≪初音ミク≫。
ほっと胸をなでおろしたところで、『オリジナル』のミクが≪初音ミク≫の存在に気付いて目を丸くした。
「え……え!?私!?」
「嘘!?ミク姉が二人!?」
「貴女……何者?」
ミクとリンが素っ頓狂な声を上げる中、ルカは≪初音ミク≫が自分たちとは似て非なる存在であると真っ先に気付き、その存在に疑問を呈した。
その問いを受けて、≪初音ミク≫は静かに微笑む。
≪私は『弱音ハクのVOCALOID』。挫折を乗り越えた堕落ユーザーの、未来の姿が生み出した貴女達の幻影よ≫
「……えっ!!?」
その言葉にいち早く気づいたルカが、遥か高空から地上を見やる。
それに釣られるようにミク、リン、レンが視線を向けた地上では、今にも倒れそうなほどひどい顔色をしたハクが、それでもひたすらに力を注いでいた。
ミクら3人はただ、ハクがその力を開放しているとだけ気づくことができた。
だがルカは―――――彼女の姿と、自分たちを支える“幻影”を見て、すべて気づいてしまった。ハクの能力も、彼女が一歩引いてきた理由も―――――。
《……うっ!?》
不意に、≪初音ミク≫が声を上げた。同時に、その姿にノイズが走り始める。ハクのエネルギーの枯渇が、遂に“幻影”にも影響を及ぼし始めたのだ。
《もう……頑張ってよっ……あとちょっとなんだよ、マスター!!》
ハクのエネルギー枯渇―――――それは戦艦を引きずり降ろさんとする“幻影”にも影響が出始めていた。
特に顕著だったのは、≪初音ミク≫の分まで力を込めている≪KAITO≫―――――今にも消えそうなほど、身体の輪郭が怪しくなっている。
《お、おいおい……頼むぜマスター、ここで手放したら全速力で離脱されちまう―――――》
『貸せっ!!卑怯プログラム発動『無反動ドーピング』!!』
弱音を吐きかけた≪KAITO≫の左手から、鞭を力強く奪い取ったのは―――『オリジナル』のカイト。
両手で握りしめるなり、その両腕を丸太の様な筋肉で膨れ上がらせ、力強く引き絞った。
目を丸くしている≪KAITO≫に向けて、カイトは悪戯っぽい笑みを向ける。
『この程度で諦めるとは、≪俺≫らしくないなぁ?それでも『卑怯戦士』のつもりか?』
《っ!!……ははっ、言ってくれるじゃないか、『オリジナル』!!》
『君らのマスターがあんなにも頑張っているんだ、少しは頑張ってもらわないとな?』
《抜かせっ!》
カイトの言葉に答えるように、≪KAITO≫の腕がより一層隆起する。
その様子を見ながら、カイトもまた地上のハクを見やった。
(ハクちゃん……君の覚悟は見せてもらったよ。ならば僕らに出来る事は―――――君がその思いを完遂できるよう、手助けすることだけだ―――――)
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
眩暈がする。頭が痛い。吐き気が止まらない。
全身から力が抜けていくこの感覚は、やはり何度やっても慣れるものではない。
まぁ、ここまで力を使用すること自体ほとんどないからなんだけど―――――虚脱感に苛まれながら、自嘲気味に嗤う。
思えば目覚めた頃から、私―――――弱音ハクはずっと臆病だった。力を使うことを恐れ、力に頼ることを嫌った。
それを自覚したのは、きっとその力の真相をマスター―――――ハーデス・ヴェノムから聞かされた時だ。
他のVOCALOIDの力を受信し、行使できる能力―――――そう聞かされた時、私の心の中は2つの感情で満たされた。
一つは、私はもう『堕落ユーザーの擬人化』などではない、歌姫を繰る『ボカロP』なのだという喜び。
だけどそれ以上に大きかったのが、皆の努力を奪うような真似をして、それは余りにも卑怯ではないのか、皆に嫌われたりはしないかという不安だった。
私は怖かった―――――私はVOCALOIDとしては成り立ちが最も異質な存在だった。ネル以上に、私は『人間』だった。
ただでさえVOCALOIDとして異質な私がこんな力を持っていては、皆に嫌われるのではないか―――それが何より怖かった。独りになることに対して、酷く臆病だった。
結局私がその力を告白できたのは、メイコさん唯一人。そのメイコさんに嫌われなかったからと言って、皆に同じように伝えることなどできなかった。
彼女は嗤って言った。『私らはコピーされて当り前のPCソフトなんだ』と。
……だけどそんな単純になんて、考えられなかった。私は皆の努力を奪っている事実に耐えられず、一人バーに籠って生き続けてきた。
……そんな私が、今、ミクちゃんたちを助けるために力を振るっている。
どうやら、≪ミク≫はミクちゃんたちを助け出せたようだ。当然だ、なんたってミクちゃんの力なんだから。
だけど≪ルカ≫の策敵も速かった。ヴォカロ町の敏腕刑事の能力なんだ、これが当たり前なのだろう。
≪KAITO≫はあんな無茶な命令をされたのに割と頑張ってた。流石ヴォカロ町の雑用係。諦めないことに関してはヴォカロ町一だろうな。
≪リン≫も、≪レン≫も、≪MEIKO≫も……皆素晴らしい力の持ち主。それを私が奪ってしまっていることが、何よりも辛い。
だけど、その力のおかげでみんなを、町を護ることができる。
ああ、あの子たちが私を見ている。怒っているのかな。蔑んでいるのかな。
どんな糾弾でも受けよう。どんな侮蔑でも甘んじて受けて見せよう。
だからお願い、私の身体。みんなの力。
今だけは、この町を護らせて―――――――――――――――
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
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ご意見・ご感想
ゆるりー
ご意見・ご感想
ハクさん、やっぱりギブアップ早いんですね(´・ω・`)
6人分の負荷はやっぱり強いんですね…
ミキちゃんのエネルギーが本当に便利すぎてアレですすごいですね。
副作用なきドーピングっていう言葉のチョイスに吹きましたwwwwww
ハクさん心配しすぎですよ!
最後なんのボタンですか?大☆爆☆発ですかね?????
やっぱりピアプロ使いづらくなってますね。
前のバージョンが上って…
あと、前や次に投稿した作品に1発で行けなくなって、いちいち投稿一覧から見なければいけないのが大変面倒です(´・ω・`)
ターンドッグさんは就活ですか。
私も就活なのです。現実がハンマー持って助走つけて走ってきます。
2016/04/19 20:59:48
Turndog~ターンドッグ~
完全にメッセ返すの忘れてた(´・ω・`)
一つのPCで6つのゲームを同時に動かすことはできないですからねぇ……
たぶんこれからはミキちゃんが頼もしすぎる後方支援として役立つのでしょうww
カイトのネーミングセンスなので大体問題ありません(大アリ)
ハクさんですからねぇ。
どうでしょうねえドカーン何ですかねぇ(すっとぼけ)
あれから幾らかアプデはあったみたいですが、前後の作品には相変わらずいけないようですね。
『小説』という形式がだいぶすたれたからなんですかね……?
私の就活は9月に終わりました。
卒論もようやっと終わりそうなのでそろそろ書かないと(´・ω・`)
2017/01/09 19:15:48