守りたいもの
時計塔の仕事部屋で執務をこなしながら、カイトは告白をした時の事を思い出して軽く溜息をついた。
本当は分かっていた、ミクは自分に友人以上の好意が無い事は。自分の気持ちにけじめをつけるべきだと告白したが、結果はお断り。予想はしていても失恋はかなりこたえた。
それでも清々しい気分になれたのは、ずっと胸に秘めていた思いを伝えられたのと、ミクがその場できっぱりと言ってくれた事だ。
答えを先延ばしされていたら、もしかするとミクに対する思いが変わっていたかも知れない。
机の隅に置きっぱなしだった書類に目を通す。それは二国会議の翌日に届いた物で、近々軍事演習を行う為、自治領からも兵を送るようにと記されている。
だがカイトはそれに納得せず、断りの連絡を伝えろと王都に部下を出していた。
両国の関係を友好なものと確認した直後に、演習の為などに兵を集めるとはどう言う事なのかと不信感を抱いたのだ。戦争を始める訳でもあるまい、そんな事をすれば国民に余計な不安を与えるだけだ。
演習についての考えを頭から消し去り、執務に戻ろうとペンを取った時だった。
「カイトさん大変です!」
王都に行っていた部下が部屋に飛び込んで来て、信じられない報告を口にした。
「黄の国が、緑の国へ兵を送りました!」
「何だって!」
どういう事なのか、二国の関係は良好のまま変わらないと確認したばかりだ。以前から大きな問題も無い。
机に拳を叩きつけて立ち上がり、カイトは部下に掴みかかる勢いで理由を聞いた。戦争を仕掛けるなら大義名分が必要になる。昔からの友好国に戦争を行うなら、余程の事でなければ国民は納得しない。
「緑が黄に侵攻の疑いありと、宣戦布告と同時に攻め込んだとの事です!」
「疑いって……」
カイトの体から急に力が抜けた。確認もせずに攻め込んだのか。仮にそれが本当だとしても、使者を送って交渉の場を作れば済む事だ。いきなり武力に訴えるなんて短絡的すぎる。大臣の仕業か、奴は昔から愚かな事をやっていた。しかし、今戦争をする利点が全く無い事くらいは分かるはずだ。動揺しながらも思考を巡らせ、一つの可能性に辿りついた。
まさか、リンが指示したのか。もしもリンが自分に兄としてだけでなく、異性としての好意を持っていたとしたら。ずっと慕っていた人を奪われたと思い込んで、嫉妬したとしたら。
そんな事はあり得ないと信じたい。だがミクと共に景色を眺めた後帰りを見送るまで、リン、レン、ハクの三人は何を隠しているのか、変によそよそしい態度だった。
「事態が落ち着くまで、青の自治領は船の行き来を制限しろと、王女の名前で命令がありました」
部下の言葉にカイトは愕然とした。リンを信じたいのに、そんな命令が出されたら疑いは強くなるばかりだ。
「何を……何を考えているんだ、リン!」
妹の真意が分からず、両手を握りしめ爪が食い込む痛みも感じず、天井を見上げて吠える。
その姿を見ていた部下が、笑みを浮かべていた事に気が付かなかった。
緑の国は混乱に包まれていた。
黄の国が軍事演習を行うとは聞いていたが、それに乗じて戦争を仕掛けてくるとは想像もしていなかった。
戦っても意味は無い。緑の国の王はそう判断し、兵達に徹底抗戦ではなく国民の避難と安全を最優先に行えと命令していた。
突然の勧告で避難は遅れていたものの、緑の王国軍はひたすら時間を稼ぎ、国民を安全に南の山岳地帯と東外れの草原地帯に避難させていた。
王が国民に畑の作物やその他物資を持って避難しろと伝えたため、街道沿いの村や町は焼き払われたものの、黄の王国軍には得たものは無く、略奪を期待していた兵士には士気を下げられる結果となった。その腹いせとばかりに進軍を早めている。補給が期待できないのであれば、短期決戦で王都を攻め落とすしかない。
王都に迫る黄の王国軍に対し、ミクは市街で兵の指揮をとっていた。
城が陥落しようと、緑の国が黄の国に制圧される事になろうと、そこに生きる人々がいれば時間はかかっても必ず取り戻す事が出来る。そのためには国民がいなければならない。勝てない戦いに挑んで犠牲を増やす訳にはいかない。王は限界まで黄の王国軍を引き付けると城に残り、住人の避難がすんだらミクも逃げるように言っていた。
「ミク王女! 北区、西区の避難を確認しました!」
「南区、東区も完了です! これで残っているのは我々だけです!」
「王都の住人全員が避難致しました! 王女様はハク殿と早くお逃げ下さい!」
口々に報告を知らせる兵達と隣にいたハクを見て、ミクは頷いた。
「……みんなも、どうか無事で」
その言葉を聞いた兵達は一斉に敬礼をして、もったいないお言葉ですと返した。
「我々はこの国を愛しています。それを守るのは何よりの誇りです」
荷物をくくりつけた二頭の馬にミクとハクを乗せ、兵達はもう一度敬礼した。
「行きましょうハク。王都を出たら、千年樹の森を通って東へ逃げるから」
「……分かりました」
自分達のために戦う者を置いて行く痛みと、国が奪われる辛さ。それらを押し殺して言ったミクは、ハクと共に王都の東へと馬を走らせた。
王都から東側にある広大な森は緑の国の民にとっては心の拠り所であり、千年樹は最大の自慢だ。
建物は破壊されても人の手で直す事が出来る。だが自然はそう簡単にいかない。破壊されたら元に戻るまでは人の一生、それ以上の長い時間がかかる。
特に千年樹はその名の通り、千年かそれ以上の年月を経て成長したものだ。この地を守る神が宿る樹とも言われ、それを大切にするのは緑の国の民にとっては当たり前の事になっている。
その樹と森が無くなる方が国民の精神的な被害は深刻だ。そう判断したミクは森に向かったのである。もしも火をかけられていたりしたらどうしようもない。
森と村に黄の王国軍がいない事と、住人が避難しているかを確認する。
「誰もいないようですね、千年樹も学校も無事です」
ミクと並んで村を回っていたハクは安堵した。嫌な思い出が多いが、この村は故郷であり、無くなって欲しくない。
この村にある学校は緑の国の中で最も歴史が深く、緑の国王家の者が代々通う程格式が高い。
そこならきっといじめをする者もいないだろうと、ハクの両親は近所の小さな塾からその学校に通うように進めた。実際ハクは学校に入れる程優秀な成績を持っていた。
しかし、学校に入ってからもいじめはあった。他とは違う白い髪と内向的な性格に目を付けられ、持物を隠されたりするなどの陰湿な嫌がらせを受けた。ハクの成績が良い事も相まって、それは日に日に悪化していった。
ある日の放課後、千年樹の傍で男女混合の数人の生徒に呼び出された。ねちねちと悪口を言われても黙っていたら、その態度に腹を立てた数人がハクの長い髪を切り落としたのだ。
突然の出来事に傷つき泣く事しかできず、その姿を見ていた者達が嘲笑していた時だった。
「何やってんの! あんた達!」
怒鳴り声と同時に鞄が飛んできて、嘲笑していた一人の顔に鈍い音を立てて命中した。
何が起きたのかと声がした方を見ると、そこにいたのは短い緑髪の女子生徒とミクだった。声を上げたのも、持っていた鞄を投げつけたのも女子生徒の方らしい。その顔は怒りで染まっている。
驚く面々を無視して、ずかずかと大股で歩いて近づいて来る。女子生徒程分かりやすくはないがミクも明らかに怒っている様子だ。
ミクがハクを集団から引き離し、その二人を背中にして女子生徒は再び怒鳴る。
「こんな下らない事をするなんて、恥ずかしいと思わないの!?」
激しい剣幕に押されていたが、鞄をぶつけられた男子生徒が顎をしゃくって嫌味ったらしく返した。
「何言ってんの? 俺達はこの森と同じ綺麗な色の髪なのに、そいつだけ色の無い白い髪をして気味悪いじゃねえか」
その言葉を聞いた集団がうすら笑いをして同意する。女子生徒はわざと声を出して溜息をつき、手を額に当てて言った。
「あんた達の髪は綺麗かもしれないけど、心は汚いね。森にも失礼」
痛烈な反撃に、笑っていた集団が凍りつく。攻撃が相当効いた手ごたえを感じ、女子生徒は手を下してとどめの一言。
「いじめをして、それが馬鹿な事だって分からないくらい馬鹿なんだし」
ごく当たり前な口調で言われ、集団は何か言いたそうに口を動かすが言葉にならず、一人が気まずそうに去って行ったのをきっかけに全員が逃げるようにその場からいなくなった。残ったのはハク、ミク、女子生徒の三人のみ。
泣いているハクをずっと抱きしめていたミクが、心配して声をかける。
「大丈夫……じゃないね、髪を切られたのだし」
女性の命である髪を切られて辛くない訳がない。ミクも泣きそうな顔をした。
「あいつら全員一発殴っといても良かったね。それでも足らないけど」
「グミ、それはちょっと……」
吐き捨てるように言ったグミに、それは少しまずいだろうとミクが止める。暴力沙汰になったら相手は数に物を言わせて自分達は悪くないと主張して、こちらが不利になる。
「あいつらみたいな馬鹿は、自分が痛い目見ないと分かんないのよ」
それにとグミはミクに顔を向け、少し楽しそうに言う。
「向こうが手を出してきたら真っ先にやり返したでしょ? この国の王女様が生徒と殴り合いの喧嘩なんてしたら、それこそ大問題になるじゃん」
ミクは見た目や雰囲気は上品でまさに王女様と言った印象だが、今回のような理不尽ないじめや不正を見つけると、誰よりも早く飛び込んで止めさせるように言ったり、必要とあれば手を上げる事もある。
ただ乱暴で融通が効かない訳では無い。グミの他愛の無い悪戯に協力して教師から大目玉をくらった事もある。その為、親しみやすく他の生徒からも頼りにされていた。
「あの……、もう、平気です」
ようやく落ち着いたハクがそう言って、ミクは手を離して一歩下がる。ハクは俯き黙り込んでしまった。有名で慕われているこの二人が、どうして助けてくれたのかと思ったのだ。仲間外れにされている自分に関われば嫌な思いをする事になる。卑屈な考えになっていたハクは、素直に感謝する事が出来なかった。
「いつもあんな事されているの?」
心配するミクの言葉もただの憐れみとしか聞こえず、本心とは正反対の返答が出た。
「生きていてごめんなさい」
小さく、だがはっきりと聞こえた言葉にミクとグミは絶句した。ここまで追い詰められていたのに誰にも助けを求めず、どれほど辛い思いをしてきたのかと。
重い沈黙が三人を包む。それを蹴飛ばすようにグミは軽い口調で、しかし真剣に聞く。
「ハクはさぁ、本当にそう思ってんの?」
心を見透かされたのかと、ハクは驚いて顔を上げる。ミクとグミの顔は、純粋に誰かを心配している表情だった。グミは少し怒った口調で続ける。
「本気で思ってるならご両親に謝って。娘がそんな事考えてたなんて知ったら、絶対に悲しむよ」
その言葉の後、ミクはもう一度ハクを優しく抱きしめてささやいた。
「あなたは誰よりも素敵な人よ。自信を持って良いの」
「そうそう、ご両親に愛されてて幸せ者じゃん。さっきみたいな馬鹿な連中に関わってたらもったいないよ」
ハクの目に涙が浮かぶ。それは二人の優しさに感謝した嬉し涙だった。
その後、ハクは今までいじめなどを受けていた事をミクとグミ、両親や教師にも告白した。教師は最初疑っていたものの、前々から噂はあった事と、ミクとグミが必死で説得に加わった事により、きちんとした調査を行った。
その結果、ハクをいじめていた集団は他の生徒にも恐喝などをしていた事、さらには町で起きていた万引きなどの犯罪の常習犯であった事が発覚し、即刻退学処分を受け留置場のお世話になる事になり、村で肩身の狭い思いをするハメになった。
「自業自得」
とミクとグミは口を揃え、同情の余地は微塵も無い。
それからハクは自信を持ち、少しずつ自分の意見を言えるようになった、心配性なのは変わらなかったが。
後から聞いた話だが、グミには両親がおらず国の施設で育ち、それでも学校に行きたいと制度を利用して学校に通っていたとの事だ。
「グミは、元気にしていますかね……」
あれから数年、今では離れ離れになった学友を思い出してハクは呟く。便りが無いのは元気な証拠と言うが、黄の国へ働きに行くと故郷を出て、それっきりだ。ハクはミクに誘われ城で働く事になり村を出た。
懐かしい名を出されて、ミクは僅かに微笑む。
「グミなら大丈夫でしょう。そろそろ」
行こう、と続けようとして、視界の隅に何かが見えた気がして言葉を切った。目を凝らしてそれを確認する。村の向こう側から馬に乗った誰かがこちらに向かってくる。
ミクの視線を追ったハクが顔を固くして、焦りの声を上げる。
「まさか、黄の王国軍!?」
かなりの速さで一直線に近づいてくる。逃げましょうと言ったが、ミクは視線を離さない。服装も顔もまだ分からないが、金髪の人間であるのが分かる。
「待って、ハク。あれは兵士じゃない」
どんな格好をしているかが見えてハクをなだめる。兵士が着る軍服や鎧では無い。召使や執事の制服を着用している。
「あれは……!」
顔が分かる程の距離になりミクは驚きの声を上げた。どうして彼が。
速度を落として止まり馬から飛び降りて、二人に近づき片膝を立てて跪く。ミクとハクも馬から降りてその人物の前に立つ。
戦争が勃発し、不安でたまらなかったミクの心に真っ先に浮かんだのは、
「レン!」
「御無事で何よりです、ミク王女。リン王女からの極秘の命令故、事前の連絡もなく馳せ参じた事をお許し下さい」
歓喜に満ちた声で名前を呼ぶミクに、レンはそう答えた。
むかしむかしの物語 王女と召使 第6話
前回から一転してシリアスに。
本当は、カイトが悩むのと、ミクが逃亡後レンと再会するだけのつもりだったんです、今回の話。
ハクの過去、白ノ娘をどこで入れるかとずっと考えていた時、ここでなら入れられるなとふと思いつき、だったらグミも出そう、緑の国出身だし、と構想時点では全く考えていなかった話が浮かびました。
よく登場人物が勝手に動き出したと言う事を聞きますが、それを痛感しました。グミはここまで設定考えて無かったんですよ……。
グミの「馬鹿だと分からないくらいの馬鹿」の台詞は、いじめや遊び感覚で万引きをする、と言うニュースや話を見たりする度に思う私の本音でもあります。
コメント1
関連する動画0
オススメ作品
おにゅうさん&ピノキオPと聞いて。
お2人のコラボ作品「神曲」をモチーフに、勝手ながら小説書かせて頂きました。
ガチですすいません。ネタ生かせなくてすいません。
今回は3ページと、比較的コンパクトにまとめることに成功しました。
素晴らしき作品に、敬意を表して。
↓「前のバージョン」でページ送りです...【小説書いてみた】 神曲

時給310円
ピノキオPの『恋するミュータント』を聞いて僕が思った事を、物語にしてみました。
同じくピノキオPの『 oz 』、『恋するミュータント』、そして童話『オズの魔法使い』との三つ巴ミックスです。
あろうことか前・後篇あわせて12ページもあるので、どうぞお時間のある時に読んで頂ければ幸いです。
素晴らしき作...オズと恋するミュータント(前篇)

時給310円
意味と夢と命を集めて
作られてしまって身体は
終わった命を蒸し返す機械らしい
【これは彼の昔のお話】
人一人は涙を流して
「また会いたい」と呟いた
ハリボテの街の終末実験は
昨日時点で予想通りグダグダ過ぎて
その時点でもう諦めた方が良いでしょう?
次の二人は 街の隙間で...コノハの世界事情 歌詞

じん
<配信リリース曲のアートワーク担当>
「Separate Orange ~約束の行方~」
楽曲URL:https://piapro.jp/t/eNwW
「Back To The Sunlight」
楽曲URL:https://piapro.jp/t/Vxc1
「雪にとける想い」
楽曲URL:http...参加作品リスト 2017年〜2021年

MVライフ
命に嫌われている
「死にたいなんて言うなよ。
諦めないで生きろよ。」
そんな歌が正しいなんて馬鹿げてるよな。
実際自分は死んでもよくて周りが死んだら悲しくて
「それが嫌だから」っていうエゴなんです。
他人が生きてもどうでもよくて
誰かを嫌うこともファッションで
それでも「平和に生きよう」
なんて素敵...命に嫌われている。

kurogaki
今夜だけの反逆 (Kyoya dake no Hangyaku)
【楽曲プロフィール / 適合するスタイル】
本楽曲は、極限の抑圧から解放へと向かう「精神の暴動」を描いたボカロ・パンク / ラウドロック(Vocalo-Punk / Loud Rock)です。
高速なBPMと、セリフのように畳みかける...今夜だけの反逆

Kerororo
クリップボードにコピーしました
ご意見・ご感想
wanita
ご意見・ご感想
はじめまして!wanitaと申します。「悪ノ娘」タグからやってきました☆
グミの「馬鹿だと分からないくらいの馬鹿」が痛快だったのでコメントに踏み切りました!素敵な子ですね。
私も「悪の娘」を書いて遊んでいます。「白の娘」の、ハクのイジメの場面をついこの間書いたばかりなのですが、また別の切り口を見せていただいて新鮮でした。
ではまたこっそり遊びに来ます☆
2010/07/25 18:05:35
matatab1
初メッセージありがとうございます。正直、この作品読んでくれている人本当にいるのかなと思っていたので嬉しいです。一瞬夢かと思いました。
上で書いている通り、あれは私の大本音です。ニュースや新聞で「遊びでやった」だの「スリルが欲しかった」なんて言い訳を見て
「なんでそんな理由で万引きやってんだこいつ。ああ、悪いことだって分からないからやってんのか、本当に馬鹿だな」
っていつも思うんですよ。口が悪くて申し訳ない。
ハクをいじめてた連中は頭は良いけど、悪い意味の馬鹿と言う感じで書いています。
ちなみにミクは成績優秀で、グミは成績あまり良くないと言う設定です。
2010/07/25 21:15:13