獣の笑い声が聞こえる。甲高い声は夜闇を切り裂いて真っ赤な鮮血を垂れ流す。澱んだ流れが渦を巻いて黒の向こう側に吸い込まれてゆき、また夜の笑い声。けらけらけらけらけら。背骨を引っこ抜かれるような怖気。
 
「変わらないものなんてないんだよ。 夢見たままでいられるか」
「…変わらないものもあるって、信じてた」
「相変わらず馬鹿だなお前は。 いや―――夢に夢見るオンナノコ、ってか?」
 
夜を引っ掻いた銃弾が穿った穴は月になる。青白い骸骨の顔をした月は裂けんばかりの笑みを浮かべて羊を手招き。羊が踏んだステップの赤い足跡が続く道に連れ添う兎の鼻歌がわんわんと脳味噌を揺らす。
 
「はは。笑える。 一体誰がどの口でその台詞を言うの? 御免よ。そのままのたれ死ね。 狼が、喰らったものを吐き出さない以上、私は、指先一本あんたのために動かしてやるものか」
 
兎。 兎。 お前が歌うメロディは一体誰のもの? 振り返り赤い眼から赤い涙を零しながら兎は奇怪に歪んだ唇で毒を吐くのだ。
 
 
「おやおや忘れたのかい。うち捨てられていた、このメロディは―――」
 
 
* *
 
 
―――夢をみた気がしたけれど起きた瞬間に忘れた。 ものすごく気色の悪い夢だったという感覚だけが居残り、精神的にも肉体的にもダメージを与えるだけ与えてやり逃げしやがった。腹の立つ。 ベッドに寝転がったまましばらく天井を眺め続ける。とろり、とまた目蓋が落ちてきたけれど二度寝する気はなかった。また悪夢をみてはたまらない。
 
しばらくそうしてるとメイコが部屋に入ってきて私の顔を覗き込み、呆れた顔で「起きてるなら起き上がれば。ファックスすごいことになってるわよ」と言ったので、渋々ベッドから這い出してリビングへ向かう。 確かにファックスは故障でもしたのかと言いたくなる速度で次々と用紙を吐き出している真っ最中。リンとレンが協力して順番どおりに並べてはテーブルに置いているが、まるで小学校の文集作りみたいな光景が出来上がっている。
 
「…送り過ぎだろ美木様。どんだけ細かいスケジュール組んでンだよ」
 
早々に読む事を断念。側で呆然と突っ立っていたカイトに腕を引っ張り、無理矢理手を合わせてバトンタッチ。
 
「スケジュール把握は君に任せた、カイト一等兵。 明後日までに頼んだ」
「あさ…ッ!?」
「コンサート明後日。ハハ、私には無理無理」
「諦めないで! てか僕にも無理だって、ちょ、常磐! どこ行く気!?」
「シーマスんとこ。野暮用」
 
美木の所へ行ったときとはまるで違う気の抜けた格好で寝癖もそのままに玄関へ向かう。リビングの方でカイトの嘆きと励ま(しながら微妙に笑いを噛み殺)すメイコとリンの声が聞こえたが気にしない。 昨日放りっぱなしにしていたヒールを再び靴箱の奥に押し込んでいると、背後にレンがいて複雑な面持ちをして立っていた。物言いたげな青い瞳がゆらゆらと瞬く。
 
「…どうしたの、レン」
「………警察には言ったけど、常磐さんに言う気はなかった。余計な心配するから。けど、今は言わなきゃ、もっと無茶なことしそうだから」
「………?」
「犯人は、オレを壊す前に言ったんだ。 “違う”って」
 
―――“違う”。
 
不意に、カイトの目撃した犯行現場の映像を思い出した。 カイトの顔を覗き込んだ犯人の、サングラスに映る、歌い続けるカイトの姿。マスク越しの唇が小さく動いた、その形。
 
“ 違う 。 ”
 
「………、犯人は、ボーカロイド全てを壊すことが目的じゃ、なかった。 ってこと…?」
「…多分。きっと、目的のボーカロイドがいるんだよ。カイトでもメイコ姉でもリンでもオレでもない、別のボーカロイドが」
 
―――もしかしたらそれが「初音ミク」なのかもしれない。 コンサートに集まるボーカロイドの中のどれか一体なのかもしれない。 だから危険だ、と、レンは言いたいのだろう。 許すならば止めたいとも思っているのだろう。 真摯な眼差しに、私は、私に隠し事をしたカイトと同じ何かを見出した。
 
アンドロイドにはありえない「理由」と、矛盾する「理屈」と、内側で芽吹きつつある、もっともっと血肉の通った、何か。 綺麗なばかりの心に落ちた、決して嫌なものではない「影」が、より光を強くして彼らに完全な「心」を形作る。 完璧とは程遠い、光に憧れては影ばかりを強くする、まるで―――人間のように欠陥だらけ、 の。
 
「………、レン」
「…ごめん。“マスター”に、生意気言って」
「…“友人”の心配、でしょ。 ありがと、レン。それから後ろにいる皆々様も」
 
私の言葉にレンが勢いよく後ろを振り返ると、扉の影やら棚の後ろやらに隠れていたカイトとメイコとリンが動揺して各々壮大な物音を立てた。 頭隠して何とやら。 くつくつ押し殺して笑う私に、ボーカロイドたちはバツが悪そうな複雑な表情を浮かべる。
 
「大丈夫だよ。 私だって自分の身は守るから。 上手くやるよ」
 
私がいなくなれば路頭に迷う友人もいることだし。 言って、後ろ手に手を振って家を出る。 一歩進むたび、一歩家を離れるたび、心の中の穏やかな気持ちはもっと別の冷えた何かに取って代わる。 シーマスの家に行って言うべきことは、たった一言でいい。
 
「――― 捨てたものを、返して欲しい」
 
 
 
 
To Be Next .

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

天使は歌わない 30

こんにちは、雨鳴です。
…本来ならこのへんでラストの予定だったんだよなと思ったり。
とりあえずこれでラストへの道のり編終了です。
次回からラスト&解決編。

今まで投稿した話をまとめた倉庫です。
内容はピアプロさんにアップしたものとほとんど同じです。
随時更新しますので、どうぞご利用ください。
http://www.geocities.jp/yoruko930/angel/index.html

読んでいただいてありがとうございました!

閲覧数:360

投稿日:2009/08/22 10:16:40

文字数:2,233文字

カテゴリ:小説

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  • ヘルケロ

    ヘルケロ

    ご意見・ご感想

    明かされる一方wwww
    表現方法が面白いですw

    2009/08/26 21:47:55

  • 雨鳴

    雨鳴

    その他

    こんにちは、雨鳴です。
    忙しい中読んでいただいてありがとうございます!

    伏線増殖のオンパレードなのでこのあたりは大変です(汗)
    次回からラスト編なので後は明かされる一方なのでどうぞお付き合いくださいませ。

    2009/08/26 09:59:54

  • ヘルケロ

    ヘルケロ

    ご意見・ご感想

    ヘルフィヨトルです
    ようやく読めました^^;
    最近仕事等が忙しくて大変です><

    さてさて、若草殿の夢も気にはなりますが、それよりも「違う」と若草殿の最後の一言が気になりますね

    2009/08/26 05:23:00

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