第一発見者の私とカイト、それから修理済みのレンは、改めて警察に呼ばれ、詳しい事情を聞かれた。 一晩たっぷり考える時間はあったので、カイトのことや今まで関わった事件のことの詳細は上手くぼかして話した。 「清水谷を尋ねたのは、一度仕事をした人間として最近の物騒な事件を聞き心配になって。それから可愛くも貴重なボーカロイドたちにまた逢いたくなって」「前々から扱いの差に不満は持っていたので、引き離されたレンを案じて様子を見に」「てかツイン・ボーカロイドなのに片割れにしか会えないなんて寂しいこともないだろう」 など、一般の人がいいそうな台詞を総動員させた。
 
幸い警察は納得してくれたようで、犯人の早期逮捕を約束し私とカイトを解放した。丁度清水谷の事情聴取も終わったようで、彼にはとても相応しいとは思えない警察署の埃っぽい廊下で出くわした。清水谷の背後には、事件直後にも会った弁護士が控えている。 私とカイト達を見るなり甘い微笑みを浮かべた清水谷に、建前ではなく本気の笑顔を返してみせる。 ただ、本気の「悪役じみた」笑顔だが。
 
「…清水谷さん。ちょーっと話せません?」
「おや。君に口説かれる日が来るとは」
 
誰が口説くか。 余程つっこんでやりたかったが、心の余裕がその衝動を抑えた。私はこのすかした男の命綱を握っているのだから、何も必死になって喚く必要は無い。 普段とは違う様子に清水谷は眉を顰めた。 そのまま、表面上だけは和やかに清水谷の車に乗り込み、適当に走りながら話をすることになった。 かえって居心地が悪いくらい広い車内で、青と金、明るい茶と黒が顔を見合わせる。
 
「あなたは、カイトのことを何て話したんです?」
「君の遠い縁者、と言ったよ。 …不正ボーカロイドだなんて話すわけないだろう? 折角君と私だけの秘密なんだから」
 
プラス山田・シーマス・太郎もいると言ったら一気に色気を削げるだろうか なんてことも思ったがぐっと堪える。 ホテルチェーンの経営者という簡単には騙されない相手を言い負かしてやらなければいけない。一言一言に反抗したくなる気持ちを我慢し、完璧なタイミングで突き落とさなければ私に明日はない。 すう、と静かに息を吸い込み、肺に新鮮な空気を取り入れ、頭の中身を整頓し、的確な言葉を丁寧に選び取る。
 
「…ええ本当に。秘密ですものね、ボーカロイドは。 …あなたがレンに、“秘密”を隠したように」
「………」
「それとも“秘密”を探りたかったのかしら?」
 
鞄の中から何枚かの写真を焦らすようにゆっくり取り出し、テーブルに置いた。写真を見て清水谷は途端に笑顔を消した。 …無駄にでかい車だと思っていたが、華奢なテーブルがあって助かった。目の前にちらつかせるのも膝の上に叩きつけるのも下品に映る。チンピラの真似事をしたいわけじゃない、正当な“取引”をしたいだけだ。
 
「超小型盗聴器と隠しカメラです。その写真を見ての通り、レンの内部にありました。ボーカロイドに必要な部品の数々の中に、上手く紛れ込ませて、ね」
「…腕のいい修理屋だね、全く。一晩で発見するとは」
「ええ、最高の修理屋ですよ。 被害者であるあなたのお客様―――彼女の家から、映像と音声が拾える範囲内にあなたの家があることも教えてくれました」
「私がやったこととは限らない。彼女の縁者がやったんだろう」
「お忘れですか。あなたの家の警備は厳重。そしてレンが彼女の家に引き渡されてからそう間もない。つまりこういったものを設置するチャンスがあるのは、あなた以外にありえない」
 
怯む事無く畳み掛けると、清水谷は何も言わず肩を竦めてみせた。 …とりあえずは一点先取。事実を認めさせた後は更に厄介な戦いが始まる。
 
「状況証拠、だな。物的証拠がなければ、私を“脅迫し返す”ことは無理だね。例えば受信機とか? …とは言っても、彼女が死んだ時点で、余計な疑いがかからないよう受信機は廃棄しただろうね、普通の人間なら」
「…盗聴器に隠しカメラ。しかもこれだけ小さなものなのに超高音質高画質。…当然、普通の受信機なら無粋なくらい大きなサイズになりますよね。 あなたの素敵な自宅に置いてあれば、誰でも“おや?”と思うくらい無粋な大きさに」
 
当然客人の目に触れるような場所にそんなものを置くわけが無い。 だがかといって隠し部屋やら自分の部屋やらにそんなものを置くわけがないだろう。 人の口に戸はたてられない。ボディーガードや使用人が、外でうっかり自分の見たものを話さないとも限らない。ホテルという客商売をしている男はそういう風評に細心の注意を払うものだ。ならば彼ならどこに隠す?誰が見てもそれとはわからない隠し方とは?
 
「―――でもありますよね。最新の技術を駆使した、超高性能の、そして受信機より更に強固な“繋がり”“共鳴”する、誰もが“可愛いらしい”としか思わない“受信機”が」
「………」
「レンとのシンパシーは元々ツイン・ボーカロイドとしての独特のハーモニーに役立てるための機能です。その機能を受信機とし、音声や映像を得たなら、つまり“廃棄”は不可能。証拠は未だあなたの手中、というわけです」
 
恐らく警察が調べればすぐに決定的な証拠がつかめるだろう。そして清水谷はそれをわかっていても尚溺愛するリンを廃棄することは出来ない。 僅かに沈黙が流れ、ふ、と清水谷は細いため息をついた。いつか私が口にした台詞を、同じように、呟く。 彼らしい甘い笑みも軽々しい声調もそこにはなかった。
 
「…要求は?」
「秘密の共有。それから、レンをリンの所へ。わかっているでしょう?彼はリンと共にいるべきだと」
「秘密の共有だけで十分じゃないか?」
「あなたと私じゃ、守るものが違う。 …ホテルチェーンの経営者が、美しい常連客に、盗聴器と監視カメラ。 世間が知ったらどうなるでしょうね?客商売ですものね? 法による罰則が、例え“不正ボーカロイドの所持”よりも軽い刑だとしても、あなたは私よりはるかに大きなものを失う」
 
全世界に建てられた大事なホテルたち。 素敵な自宅に素敵な別邸。 湯水のように湧く金。 今のっている無駄にでかい車。 女を釣る餌の一つ。 彼を囲む全てのものを失うだろう。 彼は彼の大事にする「世間」によって裁かれるのだ。 清水谷は形だけの笑みを浮かべてみせる。
 
「…決して邪な気持ちでしたことではなく、あの女は色仕掛けで私のホテルを乗っ取る気で色々と画策していたから、こっちが先に弱味を握ってやろうと思って仕掛けたことだと言っても、君は信じてくれないんだろうね」
「信じてあげますよ?私は。 ただあなたの大事なお客様はそう簡単に信じやしないでしょう」
 
にやりと笑うと同時に勝利を確信した。 上手く全てをかわして追い詰めてやった。 彼の“弱味”は権力によって握りつぶす事も出来るだろうが、現在の世界というのは光の速さで繋がっているものだ。 そして私の背後には腕のいい修理屋にして素晴らしいハイテクの申し子がついている。 彼が私を潰すより早く、私は彼を失墜させることが出来る。
 
イメージしていたよりもずっと完璧な勝利に、ガッツポーズのひとつでもしてやろうかと思っていると、不意にレンが私の腕を掴み、澄んだ碧眼いっぱいに感謝を抱き、笑った。
 
 
「――― ありがとう、若草さん!」
 
 
 
 
To Be Next .

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

天使は歌わない 20

こんにちは、雨鳴です。
「言い負かす」ということに魅力を感じています。
とんとんとーんとはっきり物を言えるような人間になりたい。
次回はいよいよリンが登場します。…長かった(笑)

今まで投稿した話をまとめた倉庫です。
内容はピアプロさんにアップしたものとほとんど同じです。
随時更新しますので、どうぞご利用ください。
http://www.geocities.jp/yoruko930/angel/index.html

読んでいただいてありがとうございました!

閲覧数:402

投稿日:2009/08/12 09:55:44

文字数:3,067文字

カテゴリ:小説

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  • ヘルケロ

    ヘルケロ

    ご意見・ご感想

    確かにリーアムとは深く付き合いたくはないですね^^;

    2009/08/16 17:17:33

  • 雨鳴

    雨鳴

    その他

    こんにちは、雨鳴です。
    読んでいただいてありがとうございます!

    私も傍から見る分にはネタになっていいですが、
    半径五十メートル以内には側にいて欲しくないタイプです。
    この話は楽しんで書けました(笑)

    2009/08/16 15:07:04

  • ヘルケロ

    ヘルケロ

    ご意見・ご感想

    こちらも笑えてきますね
    リーアムタイプの人は私もあまり好きではないので、本当に「してやったり」の気分です
    私は何も関わってませんがww

    2009/08/15 12:51:47

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