“ラドゥエリエルの試作品”の話を持ち出したら即決オーケー。 普通ならありえないことだが、真偽の定かを確かめずとも、嘘ならば紹介した清水谷の罪になり後々いい材料になるだろうし、真実ならば国に睨まれる心配もないし、彼女にマイナスはない。 そういうことだろう。
 
「ここにそんなボーカロイドっぽいもの、ないよね?」
「てことは…常磐さん、壮大なデマカセ言ったモンだね」
 
精神をすり減らして自宅へ帰り、先程までのぱりっとしたスーツも脱ぎ捨ててパジャマに着替え、ソファでぐったり横になっている私にリンとレンは呆れたような眼差しを向けつつ言った。この家を端から端まで探検して回った彼らには、そんな大層なモンが家に無いことくらいお見通しらしい。二人の言葉に乾いた笑いを返し、ソファの上で寝返りを打つ。
 
まだ寝るには早い、夕方の時間帯だ。だがもう勇者のHPは極限状態なので、時間帯などに気ィ使ってる場合ではない。さっさと宿屋で回復したいのだ、こっちは。 明日には美木が調整しなおしたスケジュールをファックスしてくる。 彼女との駆引きはまだ続くだろう。
 
「…とりあえず、リハーサルとか無理だし。嘘バレるし。ぶっつけ本番する理由とか、考えないと」
「古い機体だから調整に時間がかかる、とか?」
「おお。そうしよ」
 
さすがボーカロイド、発想が違う。 レンの提案をそのまま使うことにして、ソファの側のテーブルに放置したコンビニの袋からゼリータイプのドリンクを取り出し寝たままで飲む。いい子は真似してはいけません。 案の定メイコがじろりと鋭い目付きを向け、私の手からドリンクをひったくった。
 
「起きて食事しなさい、全く」
「うううう疲れたんだものー」
 
だものだものーと真似をしてけらけら笑うリンとレンに、メイコの鋭い目が私からそちらへスライド。ぴたりと笑い声は止み、二人揃ってソファの影に隠れた。 これ以上怒られる前に、とダイニングの方へこそこそ逃げ、冷蔵庫から適当な夕食になりそうなものを引っ張り出し早めの食事にする。 先にテーブルに座ってアイスを食べていたカイトが、黙々と漬物を咀嚼する私をじいっと見つめる。
 
「…嫌いな“大江 修”や“ラドゥエリエル”を持ち出してまで、もぐりこもうとしなくてもよかっただろうに」
「そうだけどさ。外側から初音ミクを守れる気、しなくて。 …個人宅にすんなりもぐりこめるような相手よ? あんな人間が殺到する、警備だって混乱確実な場所、あの犯人なら朝飯前に決まってる。中止が無理なら、やっぱりもぐりこまないと」
 
カイトとの会話を聞いて、気になったのか、メイコたちもダイニングにやってきて話に便乗する。
 
「その“大江 修”って誰なの? それに“ラドゥエリエル”なんてボーカロイド、知らないけれど」
 
とはメイコの言葉。 そういえば、メイコは大江 修のこともラドゥエリエルのことも知らないのだった。 昔、大江 修と私との初仕事の際に出会ったリンとレンがメイコの疑問に答えた。
 
「作曲家の人。ものすごく有名なの! 常磐さんと一緒に歌作ってくれたことがあるの」
「…ふうん。 で、ラドゥエリエルっていうのは?」
「清水谷さんに聞いただけだからよく知らないけど、大江 修さんが特別にオーダーして造らせたボーカロイド、なんだって。 彼と同じくらい、もしかしたらそれ以上に有名になったけれど、彼がガンで早くに亡くなった時、一緒に焼かれた、って」
「なるほどね。 …飛び入りでも参加させるわけだわ」
 
光を浴びた「天使」は彼女の「神」と共に煙となった。 最も美しく輝き、美しく灰となった歌姫の物語。 “試作品”であろうと、出演させる事が出来れば相当話題を呼ぶだろう。 レンジで温めた白米を噛締めつつ、当時のラドゥエリエルの一般的批評が脳裏を過る。 天使の歌声―――神の玩具―――莫大な金で造られた究極の道楽―――等々。
 
大江 修の性格の悪さは決して狭い世界だけで知られている問題じゃない。故に、マスコミも批判的な意見を多く書き連ねていた。 私だってそうだ。最低の性格の男がつくる「天使」など、たかが知れている。 滑稽で、愚拙で、虚器。
 
「…そんなに嫌いなら、持ち出さなくてよかったんだよ」
 
ぽつりとカイトが呟く。 声の調子にひっかかるものを感じて、箸をとめてカイトの表情を探る。 偽ることを知らない―――はずの、目。 人間よりタチの悪い、真っ直ぐな目をして優しい嘘をつく、青い青い色。 …ああそうか。不意に彼の言葉の意味に気がついて、力ない笑みを零す。
 
「仕方ないじゃない。 “心”が“壊される”って知ってて、黙ってられないような人間に、なってしまったんだもの」
 
 
 
 
To Be Next .

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

天使は歌わない 29

こんにちは、雨鳴です。
次回でラストまでの道のり編終了です。
で、最も長いラスト編。 思ったより早く終りそう。

今まで投稿した話をまとめた倉庫です。
内容はピアプロさんにアップしたものとほとんど同じです。
随時更新しますので、どうぞご利用ください。
http://www.geocities.jp/yoruko930/angel/index.html

読んでいただいてありがとうございました!

閲覧数:385

投稿日:2009/08/21 10:07:34

文字数:1,981文字

カテゴリ:小説

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  • ヘルケロ

    ヘルケロ

    ご意見・ご感想

    いえいえ^^
    初心者が和気藹々としているだけなのでwww
    ぜひぜひ来てください
    雨鳴さんの小説を見れば、イラスト家さんたちも腕が鳴るでしょう^^

    2009/08/24 12:09:50

  • 雨鳴

    雨鳴

    その他

    お願いする時は是非よろしくお願いします!
    コラボの方、見に行ってみたのですがアレですね、
    新参者が入っていいのかという和気藹々とした雰囲気で…!
    超引込み思案なので雰囲気に水差さないかという不安が…(汗)

    2009/08/23 22:29:08

  • ヘルケロ

    ヘルケロ

    ご意見・ご感想

    fmfm
    ぜひぜひ依頼に来てください^^
    いっそ入っちゃってもいいですよ!
    雨鳴さんほどの小説家が来ていただければ、もうこの上なくうれしいです

    2009/08/23 06:47:26

  • 雨鳴

    雨鳴

    その他

    こんにちは、雨鳴です。
    読んでいただいてありがとうございます!

    RPGで育った女なので(笑)
    ラドゥエリエルの絵…! で、出来れば自分以外の人に描いてもらいたい気が…!
    通称が私の画力では及ばないような大層なものになってきたので…!
    それこそヘルフィヨトルさんに教えていただいたコラボの方に、
    連載が終わってからでもお願いしたいなと思っています。

    連載はあと十四話くらい?なので、とりあえずマイペースにがんばりたいと思います。

    2009/08/22 22:57:29

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