可愛らしい家の白い壁に、パトカーの赤いランプの光がちかちかと反射する。 カイトの通報によってかけつけた救急車は血だまりに浮かぶ彼女を見るなり首を横に振り、代わりに警察を呼んだのだ。 かけつけた何台ものパトカーはあっという間に彼女の家を黄色いテープで囲み、多くの警察が行き交う場所に変えてしまった。
 
第一発見者の私とカイト、それから彼女のボーカロイドであるレンが、其々パトカーの中で色々と事情聴取をされているうち、清水谷が駆けつけた。 一応は自分が彼女の居場所を教え私を危険に晒したという意識でもあるのか、弁護士を連れ警察相手に何だかんだとやって今日の所は帰宅出来ることになった。 あんな目に合った後で歩いて帰る気にもなれず、清水谷の嫌味な程長い車に乗せてもらった。
 
カイト。壊れかけのレン。黙り込む私。同じく黙り込む清水谷。 異様な沈黙の中、ポツリと呟く。
 
「…ごめんなさい。間に合わなかった。…犯人も追えなかった」
「…どうして私に謝るんだい」
「恋人じゃないの?」
「ホテルの常連客だよ。あっちはどう思っていたか知らないけれど」
「………」
「少しは気が晴れた?」
 
唇だけは笑みの形をつくってみせた清水谷だが、流石の彼も目は笑っていなかった。 …当然だ、彼にだってもうわかっているはずだから。犯人が狙っているのは政治家でも金持ちでもない、ボーカロイドだ。それも手に入れるためではない、破壊することに執着している。そのためならばマスターだろうが他人だろうが容赦はしない、そういう、悪魔みたいな男が犯人だと。
 
「…レンは、とりあえず私の知り合いに修理を頼むから、一時預からせてもらうわ」
「…よくやるね。君は犯人に狙われたいの?」
「ンなわけないでしょ。あなたに任せるより、私の方が早いっていうだけ」
 
清水谷はレンを急いで直してやろうだなんて思いもしないだろう。現に今、元は自分の所有していたボーカロイドが目の前で壊れた腕を晒しているにも関わらず眉一つ動かさない。いないものとして振舞っている。 余程リンが可愛いらしい。彼女に最も近いレンが気に食わない、という心をひしひしと感じた。 今も、昔も変わらずに。
 
「………。ロリコン」
「三次元に手を出していないだけマシじゃないか? 誰にも迷惑はかけてない」
「ドンファンがよく言うわ」
「ドンファンだから女にある程度の諦めを感じている、のかもしれないよ?」
「知ったことか。勝手に諦めてろ」
 
恋愛における女の醜悪さは百も承知だ。だが男ばかりが女に諦めを持っているだなんて馬鹿馬鹿しい、女の方でも男にはほとほと呆れ果てているのだから。そんなことをこの男相手にいちいち話すのも面倒で、ばっさりと切り捨てる。清水谷はくすくすと笑って、色素の薄い瞳を細めた。長い睫が麗しい双眸に影を落とす。
 
「…でも君は昔からそうだったね。媚びない。飾らない。嫌悪が表情によく出てた。 私に対しても―――大江 修に対しても。 あの時、私ほどではないけれど、大江 修も音楽業界では名の知られたカリスマだったのに」
 
…そうだ、清水谷に仕事を依頼されたあの頃、まさにあの頃が、大江 修がカリスマとして世界に知られる直前の時期だった。当然私もその大江 修と組まされるくらいだからそれなりには作詞家として売れ始めていたけれど、世間の知名度から言えば大江 修には足元にも及ばなかった。 …性格の悪さでも喜ばしいことに足元にも及ばなかったが。
 
「人を聖人君主みたいに言わないでくださいよ。…何だかんだ言いながら仕事だって請けたじゃないですか。本当に“飾らない”なら、仕事を断った上に絶縁状束にして頬張り倒してます」
「そうなんだ」
「そうですよ」
 
女たらしは好きじゃない。ガキみたいな嫉妬で他者を傷つけるヤツは好きじゃない。薄っぺらい眼差しで愛を謳うヤツは好きじゃない。こんなにも好きじゃないのに完全には憎みきれない、そういう狡い所が何よりも好きじゃない。とは言ってやらない。図に乗るから。
 
「…でも、本当の話。 ボーカロイドは手放した方がいい」
「自分のことはどうなんです?」
「私の家の警備は完璧だ。だから犯人も、私ではなく彼女の方を狙ったんだろう。君の家は彼女の家より更に警備が手薄だろう?殺してくださいと首を差し出してるようなものだ」
「ご心配どうも。でも、………、」
 
ころしてくださいと くびを さしだしているようなもの。 清水谷の言葉が引っかかって、不意に言葉が途切れる。 ―――なんだろう、この違和感は。煮え切らない何かに急き立てられ、思考回路からソレ以外のことを考える余裕を奪われる。 目の前にある世界が急激に現実味を失い、頭の中の「記憶」に塗り替えられてしまう。
 
なんだ。
なぜだ?
 
無防備な私にナイフを振り上げたあの時、何故犯人は動きを止めた?
 
 
 
 
To Be Next .

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

天使は歌わない 18

こんにちは、雨鳴です。
北海道の夏は短いですが流石にまだ終わる気配はなさそうです。
ああもう冬の寒さが恋しい…暑い暑い超暑い。
皆様も暑さには気をつけてくださいませ。

今まで投稿した話をまとめた倉庫です。
内容はピアプロさんにアップしたものとほとんど同じです。
随時更新しますので、どうぞご利用ください。
http://www.geocities.jp/yoruko930/angel/index.html

読んでいただいてありがとうございました!

閲覧数:533

投稿日:2009/08/09 22:58:46

文字数:2,042文字

カテゴリ:小説

  • コメント2

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  • 雨鳴

    雨鳴

    その他

    こんにちは、雨鳴です。
    読んでいただいてありがとうございます!

    色々と伏線フィーバーです。
    読みながらあれこれ考えていただければなと思いながら書いているので、
    是非いろんなこと考えていただければ幸いです…!

    2009/08/16 15:02:09

  • ヘルケロ

    ヘルケロ

    ご意見・ご感想

    ヘルフィヨトルです
    やっぱり私も犯人が動きを止めて「どうして」と言ったことが引っ掛かっています
    いったい誰なのでしょうか?
    あの場にいなかった人という点ではシーマスも可能性としては0ではないですが、それは想像したくないですね
    勝手にごちゃごちゃ言ってすみません

    2009/08/15 12:37:33

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