商品コード[30121] 、VOCALOID NAME [鏡音 リン/レン]。 ボーカロイドが世界で脚光を浴びた火種とも言える「VOCALOIDシリーズ」を製作した会社が造った、二番目のボーカロイドたちである。 ツイン・ボーカロイド…つまり「双子」という設定のため、似たような外見に同じ人間の声を元に作った音声データというまさに「鏡」のような二体だ。
―――扱い方が平等ならば。
* *
「…珍しい人物から連絡が来て驚いたよ。まさか君から連絡をしてくるだなんて思ってもみなかったから」
鏡音 リンとレンの所有者、清水谷 リーアム。名前からもわかる通りハーフである。同じ横文字の名前でも山田・シーマス・太郎とは大違いだ。 色素の薄い茶の髪が女より尚美しくなびく。同じく色素の薄い瞳が細められると、元よりある甘さが更に際立つ。ゆるく吊られた唇は、どこか策士じみた危険なものを女性に感じさせる。瞳との対比が恐らくは彼の魅力に拍車をかけているのだろう。
なんて。外見のことを必死になって考えていなければ、中身への憎悪にちゃぶ台を返してしまいそうになる。 いやこの男がちゃぶ台などという庶民の文化を所持しているとは到底思えないが。現に今いる清水谷別邸も神話か何かの舞台になりそうな非現実的な洋風の美しい佇まいをしている。 ため息をつきたい衝動をぐっとこらえ、愛想笑いを顔に貼り付ける。隣にいる(私の身に危険が及ばないようボディーガードとして連れて来た)カイトが、私の周囲に立ち上る殺気に気づいて笑みを引きつらせた。
「私も自分から連絡する日がくるなんて思いもしませんでした。 あの仕事以来、でしたね? 元気ですか、あなたのボーカロイドは」
「ああ、元気さ。可愛らしくなるばかりだ、私のリンは」
そこに「レン」が含まれていないことに、相変わらずだなと眉を顰める。 ―――清水谷 リーアムは確かに二体の所有者ではあるが、最初からリンのみを溺愛し、レンは単にリンと対だからという理由で所有しているだけだ。私に仕事を―――そう、「大江 修」との最初の仕事を依頼してきた時も、リンがメイン・レンを僅かなコーラス、という注文だった。それが「歌のため」の注文ではなく、単にレンなど眼中にないからだと理解するのにそう時間はかからなかった。 依頼内容から依頼者から仕事仲間から、全てが気に食わなかった、忘れられない仕事だ。
「しわ」
「…?」
「眉間に」
くすくすと笑いながら自分の眉間を叩いて見せる清水谷。恐る恐る自分の眉間に触れてみると、確かに、くっきりと皺が寄っていたようだった。 表情を隠して慎重に接さなければならない時だろうにと自分を叱咤しつつ、眉間をマッサージして皺を伸ばす。 顔をあげた時、憎たらしい目の前の男に微笑みを向けるために。
「で、君は誰?」
「え。 …か、カイト、です。幼馴染の従兄弟の友達の兄貴のホームステイ先の息子が交換留学生としてやってきていたのだけれど滞在先の家族の娘が彼氏の妹とトラブルになって滞在しているにいられなくて仕方なく兄貴の友達の従兄弟の幼馴染という関係を頼りに常磐…さんの所へやってきました」
カイトの長い長い自己紹介に一瞬ぽかんとした清水谷だが、すぐに元の甘い表情を取り戻して「へえそう」とだけ返した。聞き返す気力は他の人たちと同じく失せたらしい。 それ以上カイトについて突っ込まれないよう、私の方から別の話題に変える。
「…最近物騒ですから。 ニュース見ました?」
「ああ…アレだろう、警察が映像を提供した…というか、ネットを駆け巡る映像を今更公開した、二つの事件。 もしかしてそれで心配して来てくれた、とか?」
「社長、政治家。次にホテルチェーンの経営者なら見劣りしないでしょう?」
「お褒めいただき光栄だ。でも平気だよ、私は。彼らとは違って警備は徹底しているから」
ホテルを任されている者としてそのあたりには気を使っているのだろう。視線をめぐらせれば簡単に監視カメラを見つけられるし、一見それとはわからないメイド風の格好をしたボディーガードも何人も目に付くし、上手くインテリアに隠して警報装置があちこち設置してある。 これだけ徹底していると逆に何か命を狙われるような真似をしたのではと思えてくる。 私が心配する必要など露ほどもないだろう。
「…なら、安心ですね。 リンとレン共々気をつけて」
「ああ、そうするよ。 …レンはどうだか知らないけれど」
「は?」
「いい加減、あのはっきりしない声が耳障りになってきてね。知り合いが欲しいっていうからあげたんだ」
「………」
…いつかそうなるだろうとは思っていたが。 主人がどうあれ、とても仲がよく、私の作った詩をメロディに載せて楽しげに歌っていた二人の姿を思い出し、きゅうと胸が痛んだ。
「…では、レンの行方を教えていただけませんか」
「いいよ。 …ふふ、まさか所有者を殺す気だったり、とか?」
「冗談にしては笑えないですね」
「不正ボーカロイドを平然と連れ歩いて、よく言うよ」
―――清水谷の白々しい台詞に、心臓が跳ねた。 逸らしていた視線を反射的に彼へ向けると、彼は実に優雅に美しく微笑んでいた。策士だと例えた瞳が、何もかも知っている色で私を―――そして、「不正ボーカロイド」を見据える。
「死んだ二人のうち、第一の被害者の社長の方。ボーカロイドに魅せられた者同士の仲間、でね。勿論彼の不正なボーカロイドも見せてもらったんだ。 君の連れてる、その、“KAITO”を」
「………、」
「政治家の方も、不正ボーカロイドを持ってるって噂があったし。名前は確か…“MEIKO”だったかな?」
「………、要求は?」
清水谷が何の目的も無しにペラペラこんな話をするわけがない。 表情は変えないまま、冷たく言い放つと、彼は女なら誰もがうっとりする甘い微笑みを浮かべ自分のソファから立ち上がった。 カイトなど目に入らないとでも言いたげに私の座っているソファの背もたれに手をかけ、耳元に唇を寄せる。
「あの仕事以降、一度も依頼を受けてくれなかったね」
「…詩を書けと?」
「プライベートに、ね」
「呪いの歌でも書きましょうか」
「どうせなら愛の歌がいい」
「愛を囁く女性なら山のようにいるはずです」
「フルコース続きだと、たまには家庭料理が恋しくなるものだろう」
「そう。でも毒の皿は喰らいたくないでしょう?」
愛想笑いではなく「毒の笑顔」を叩き付ける。清水谷はお綺麗な微笑ではなく今度こそ腹の底からの笑い声をあげ、ポケットの名刺入れから一枚の名刺を取り出してテーブルに放った。 見慣れない人物の名前が「レンの行方」だと理解し、軽い会釈をして清水谷の自宅を去る。カイトが私の後ろを慌てて追う足音と清水谷の笑い声が渦をまくように混じって聞こえた。
To Be Next .
天使は歌わない 15
こんにちは、雨鳴です。
いい加減真っ白なプロフィールも真っ白なNO IMAGEもどうかなと思い始めてるんだけれどもこれはこれで個性的かなと思わないでもない感じです。
鏡音編というわりに欠片も鏡音が登場しません。多分次回も登場しません。
次々回には多分レンが登場できるかと…!
今まで投稿した話をまとめた倉庫です。
内容はピアプロさんにアップしたものとほとんど同じです。
随時更新しますので、どうぞご利用ください。
http://www.geocities.jp/yoruko930/angel/index.html
読んでいただいてありがとうございました!
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「え、何、デジャブなんだけど」
「ああ めーちゃん。いや何、リンとレンが二人で歌えるような歌教えろって言うから、合唱の基本である校歌を教えてあげようとだね」
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雨鳴
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天使は歌わない 05
雨鳴
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ご意見・ご感想
ヘルケロ
ご意見・ご感想
旅行楽しかったですよ^^
旅行中の写真をアップしたので、それで少しでも雰囲気を味わえればいいなと思います!
2009/08/16 17:15:15
雨鳴
その他
おかえりなさい(とか言ってみる 笑)
ご旅行は如何でしたでしょうか?
山田さんの扱いは始終かっこいいフリした可哀想な男でいこうかと。
清水谷も案外そのあたりの扱いをされる予定なので、
つくづくこの作品の男性の立場は弱いです…
読んでいただいてありがとうございました!
2009/08/16 14:54:33
ヘルケロ
ご意見・ご感想
ヘルフィヨトルです
お久しぶりです
旅行中でした^^;
読むのが遅くなってすみません
いや、もうすごいですね
半端ないですw
雨鳴さん、どうしてこんな文を書けるんですか!?
うらやましいです…………いえ、私も嫉妬で行きましょう(笑
まず、内容的な第一感想に。
シーマスさん、可哀そうw
そして、私もリーアムさんの
「不正ボーカロイドを平然と連れ歩いて、よく言うよ」
という言葉にどきりと来ました
展開が楽しみです
2009/08/15 12:16:06
雨鳴
その他
初めまして、雨鳴ともうします。
読んでいただいてありがとうございます!
数多かったので一気に読むのは大変だったでしょうね…!(苦笑)
二次というには個人的な趣味駄々流しの作品ですが、楽しんで読んでいただけて何よりです。
更新は恐らく早めで進みますので、どうぞ最後までお付き合いくださいませ。
2009/08/07 20:26:36