集う人々

 黄の国王都、城内の兵士詰所で、机に向かって椅子に座る二人の人間がいた。
「はあ……」
「溜息などついてどうしたのだ、カイト殿」
「レオンさん。分かって言ってません?」
 カイトは目の前のレオンに、若干嫌味を込めて返した。
 
 青の自治領へ船の往来の制限を解除すると言う命令と共に、王都での暴動とリン王女処刑の知らせが入った。全く情報が無かった中での信じられない知らせに、カイトは自治領の事を母に任せ、制限が解除された後の第一便の船に乗り、真相を確かめるべく王都にやって来た。
 嘘だと思いたかった。戦争に巻き込まれミクが命を落とした事も、それがきっかけで暴動が起き、リンが処刑されたなど。
 その後、あの大臣が王を気取っているとは、まだ悪夢を見続けていた方が遥かにマシと言うものだ。あれを親だと思った事など塩一粒程も無い。自治領がまだ青の国だった頃、奴は愚王と共にやりたい放題の悪政を行った挙句、黄と緑の合同軍が来ると知るや否や、誰よりも早く国を捨てて逃げた。そんなのと同じ血が流れていると考えると虫酸が走る。
 救われたのは、母にとって家族はカイトだけ、あれとは一切の関係が無いと絶縁した事だ。色々腹にすえかねない事があったらしい。
 視線を下に向け机を見ながら、カイトはやるせない思いを口にする。
「何でリンが処刑されなくちゃいけないんだ……」
「リン様は濡れ衣を着せられていた。だか、それを覚悟の上で刃を受けた。あの大臣にはその気概の欠片も無い」
 王女の処刑後、逃げ出した奸臣達は城に戻って来た。暴動が起きた際安全な場所に逃げ出し、混乱が治まった後何食わぬ顔をして元の地位に戻り、のうのうと政治を執るつもりの計画だったらしい。だが王女を見捨てて逃げ出したとして、不敬の罪で一人残らず処刑された。その連中に付いていた私兵達は最初こそ戸惑ったものの、元々ならず者に近い者達で、忠誠心など無かったのだろう。金を渡されてあっさりと大臣側に付いた。その私兵達によって、王都では略奪などの事件が頻発し、かつての青の国と同じ状態になってしまっている。
 不幸中の幸いだったのは、レオンおよび暴動の際にリンの命令で城に離れていた黄の国正規兵は城に残る事ができ、以前と変わらない態度で住人達と接している事により、正規兵への誤解が無い事だ。
 不安定な状態の中、正規兵や住人に慕われているレオンを追い出せば大きな反感を買うのは明白だ。己の保身をまず考える大臣である、その辺りの知恵は良く回る。
「どうせ家臣達が逃げるように仕向けたもの、最初からそうするつもりであの野郎が言ったんだろう」
 カイトはそう吐き捨てる。大臣は自分の計画を知るものや、都合の悪い者を片っ端から処分していた。
 青の国の王を捕えた当時の黄の国の将軍も、十数年前に城から追放していた。王の右腕として仕えていたその将軍は、言い訳をする事も無く城から去って行ったらしい。
 考えれば考える程、カイトは何も出来ない事に苛立ちを感じていた。この手で今すぐにでもと何度も考えた。
 焦れば負けだとレオンはカイトを抑える。
「どうにかしたいのは儂も同じ気持ちだ、だが耐えなければならぬ。今はまだ、その時ではない」
「ありがとうございます。少し気が楽になりました」
 王都にカイトが来たと知り、大臣はこれ幸いにと側近に任命した。地位だけを考えれば上の方ではある、しかし、都合の良い駒が欲しいだけだと分かり切っているカイトは強い嫌悪感を抱き、少しでも近くにいないようにと口実を作って離れていた。大臣から文句を言われた事もあるが、他に優秀な兵士が多くいるだろうと皮肉をぶつけて黙らせた。 
 最初の頃は大臣側の人間として見られ、レオンや正規兵達に敵意の眼差しを受けて、いたたまれない事も多かった。大臣に反感を持つその姿勢にレオンや正規兵達は共感し、カイトとかなり打ち解けていた。
「俺、町の見回りに行って来ます」
 カイトは少しでも時間があれば城の外に出ていた。町の警備もあるが、やはり重い空気が漂う城内にいるのは気が滅入る。詰所の出入り口へと歩くその背中にレオンは声をかけた。
「気を付けてな」
 会釈をして出て行ったカイトを見送って、これから先の事を考える。
 以前から引退を考えていたレオンは、大臣の件が終わったら親衛隊長の座を誰かに譲りたいと考えていた。しかし今いる正規兵達の中には、それに相応しい者は見つからない。
 カイトになら任せたいと思うが、無理な話だろう。彼には自治領のまとめ役と言う重要な仕事がある。それを捨ててまでやって欲しいとは思っていない。
 ふと、暴動騒ぎの時に出会った赤い鎧の剣士の姿を浮かべ、悩ましげに呟く。
「メイコ殿には会えんし、どうしたものか……」
 まだ王都にいる事は知っているが、あれ以来会えていない。ネルの家を訪ねても、いつも行き違いになってしまっていた。
 彼女と手合せもした事がないが、相当な腕前である事は明らかだ。彼女も見所がある、出来れば黄の国の兵士として勧誘したい。
 はて、と以前カイトから聞いた話を思い出した。
「そう言えば、カイト殿には滅法強い幼馴染がいたと言っていたな」

 王都の中心部から離れた共同墓地の一画、王家の者達が眠る場所に、一つだけ真新しい墓が建っていた。その墓の前で、カイトは手を合わせて追悼していた。
「何があったんだ、リン。教えてくれ」
 話しかけても、当然返事は無い。妹は『悪ノ娘』と誤解を受けたまま処刑された。
 圧政や無意味な戦争の元凶である悪ノ娘がいなくなった事に人々は喜んだ。だがそれは最初のうちだけだった。大臣が完全に国の実権を握った事で、これまで以上に締め付けが厳しくなり、治安は悪化し、国民の生活は苦しくなるだけだった。
 なぜ王女を処刑したのかと不満の声が出ているが、すでに後の祭り。大臣の横暴ぶりには反感を持っているが、国民は半ばあきらめてそれを受け入れるしかない状況だった。
「俺も含めて、都合の良い事ばかり言ってるよな……」
 勝手な人々を不愉快に思いつつ自嘲する。
 どうして戦争の知らせが入った時、リンを疑ってしまったのだろう。そんな事をする訳が無いと信じる事が出来なかったのだろう。気が付いた時には全て終わっていた。終わってから気が付いたと言うべきか。
 墓に名前が無いのは、国を終わらせた王女にそんな価値は無いと言う事なのか、それとも荒らされるのを避ける為か。埋葬したのは、王女から頼まれた旅の剣士だと聞いていた。どうしてその人に頼んだのかと考えはしたが、答えは出せなかった。
「リン、兄ちゃんの事、許してくれるかな?」
 手を下し溜息交じりに声をかけてから、墓に背を向ける。
 今日は変な気分だ。酒でも飲めば気が紛れるだろうか。町の見回りは終わっている、たまには日が高いうちに飲んでも良いだろう。

「メイコさん、この時間からお酒?」
 ネルは若干呆れつつ、いつもの酒を目の前のテーブルに置く。リンの処刑後、メイコは治安が悪くなった町の警備をしてくれている。最初は自主的に行っていたが、王都の住人達と契約を結んで、現在は雇われた形になっている。
 店の用心棒もやってくれれば宿泊費などは安くすると言う条件で、メイコはこの宿に滞在していた。
「固い事言わない。そんな時もあるの」
「ま、色々助かってるから文句は言わないよ。閑古鳥が鳴いてるし、この店」
 本来なら忙しい午後のお茶の時間であるにも関わらず、今ここにいるのはネルとメイコ、少し離れた所に座る一人の女性客だけだ。
「あの時の事、まだ信じられないよ」
 命乞いも泣き言も無く、リンは堂々と胸を張り処刑台に立っていた。
「最後まで立派だった。あたしがこんな事言うのもおかしいけどさ」
 一緒にいる時はそれを忘れていたが、リンは本当に王族だったと痛感した。処刑の時、刃が落とされた瞬間ネルは顔を逸らして、そのまま処刑台を見ないようにして自宅へと帰り、部屋にこもってただただ泣いた。
 リンを埋葬したメイコによると、その顔はまるでただ眠っているかのように安らかだったのが救いか。
「全部受け入れていたからでしょうね」
 そろそろネルに真実を打ち明けるべきかと思いながら、メイコは酒に口を付ける。
 すなわち、リンは生きている事を。あの時処刑されたのは双子の弟である事を。それを言うには他に誰もいない空間が望ましい。もし誰かに聞かれて大臣の耳に入りでもしたら、レンの意思が無駄になってしまう。
「レン君はどうしたのかな。……無事に逃げられたのかな」
「レン?」
 悲しげな目をしたネルに、メイコは眉を寄せて怪訝な顔をする。何故レンの事を知っているのだろう。
「少し前まで王都にいた男の子、城で働いてるって言ってた。買い出しに行った時とかに、たまに会って話をするくらいだったけど、何か面白い人だったな。暴動が起きてから全く見なくなっちゃって」
 やはり今夜あたりにでも言うべきだとメイコは判断する。レンはもういない、会えなくなったのは当たり前だ。辛いかもしれないが、何も知らないネルにこれ以上真実を隠すのは酷だ。
「あ、メイコさんごめん」
 新しく来た客を案内する為、ネルは小走りで店の入り口へと近づく。残った酒を一気に飲み、メイコは部屋に戻ろうとした。
「めーちゃん……?」
 懐かしい声と呼ばれ方に動きが止まる。自分をそんな風に呼ぶのは一人しかいない。
 ゆっくりと振り向く。幼馴染の彼に会うのは、何年振りだろうか。
「カイト……。自治領はどうしたの?」
 国の情勢が不安定な中、故郷を離れて何をやっているのかと尋ねる。答えにくいなとカイトは頭をかく。
「色々とね……。城で面倒な立場にされちゃってる」
 席から離れて、メイコはカイトの正面に移動する。その直後、鋭く乾いた音が店内に大きく鳴った。
 いきなり顔が横に向いてメイコの姿が見えなくなり、カイトは頬が熱くなった理由を考える暇もなく、胸倉を持ち上げるように掴まれた。
「メイコさん!?」
 ネルが驚き制止しようとしたが、口出しするなと言わんばかりにメイコに睨まれ、店の奥に引っ込む。
「何が、『俺に父親なんていない』よ! 何で嘘をついてたの! 私の事がそんなに信用できなかった!?」
「ちょっと、めーちゃん、落ち着いて……」
 顔を正面に戻して、カイトは間近のメイコをなだめようとするが効果は無い。
「言いたくないのは分かるわよ! でも私だって辛かった! 青の国の事を話している時あんたが辛そうな顔をしているのが!」
 一気に言い切ってから、メイコは息を深く吸い込み再び怒鳴る。
「そんなに辛かったなら、話してくれても良かったじゃない! そんな事一つで私が変わるとでも思ったの!? たった一回会っただけの私を信用したリンとレンを見習え!」
 二年前偶然出会っただけの自分を、リンは恩人だと言ってくれていた。処刑されるきっかけを作ってしまったのに、レンはそれを恨むどころか、全てを話し協力して欲しいと頼み込んできた。
 怒声を上げるメイコに、手を離して欲しいとカイトが悲鳴を上げる。
「何でここにいるのめーちゃん!」
「それが今聞く事かこのバカイト!」
「いやだって分からないし! とりあえず説明を!」
 金属同士を打ち合わせるけたたましい音が一発、店内に轟いた。
「他にお客さんがいるでしょうが! 部屋貸すから痴話喧嘩はそこでやって二人共!」
 フライパンとおたまを持ったネルが、二人の傍に戻って来ていた。

「本気じゃなかったよね?」
 水で湿らせた布で頬を冷やしながらカイトは尋ねる。ネルに追いやられる形で二階に上がり、メイコが使っている部屋で椅子に座っていた。
「もう一回欲しいなら遠慮なくやるけど?」
 拳を上げたメイコに、止めておくと辞退する。本気で殴られたら顔がゆがむに違いない、平手打ちだったのはせめてもの情けか。
 大臣とカイトが親子である事、どうして黄の国王都にいたなど大体の事情を話したメイコは腕を組む。暴動の真実、リンとレンの関係はまだ言っていない。
「で、あんたはあの大臣の事をどう思ってるの?」
「リンとミクの敵。大恩ある黄と緑の国を滅茶苦茶にした最低野郎」
 はっきりと言い切ったカイトに確認する。
「つまり、機会があれば今すぐにでもどうにかしたいと」
 当たり前だと頷くのを見て、メイコはさりげなくカイトの現在の立場を聞き出す。
 二人だけのこの状況ならば、他の誰かに聞かれる心配は無い。
「カイト、リンとミク王女は生きている」
「そう言う冗談は良くないよ」
 慰めなんていらないとカイトは否定する。
「冗談でも嘘でもない。……レンがあの二人を守った、今は国外れの港町にいる」
 聞いた上でどうするかを決めろと、メイコはカイトに全ての真実を打ち明けた。

「さってと、行こうか、ジョセ」
 宿に併設されている、小さな厩舎に繋がれた馬にグミは声をかけた。今から出れば、夕方には屋敷に帰れるだろう。ジョセフィーヌは駿馬で、レンが緑の国へ行くのに使わせたのもそれが理由だとリンは言っていた。
 昨日は凄かった。本当にあんな痴話喧嘩をする人がいるのかと見ていたが、すぐに店員が仲裁した。
 青い男性を殴ったあの女性が、暴動の際に民衆をまとめていた人物である事は確信がついた。リンとレンの事も知っている口ぶりだったし、味方にできれば心強い。
 大臣側に顔が割れていない、かつ自由に動けるのはグミだけ、王都で情報収集をして来て欲しいと頼まれて引き受けたが、港町と王都がこんなに遠いとは思わなかった。
「川向こうの緑の国の方が近いじゃん……」
 ジョセフィーヌに跨り、ぼやきながら人気の無い道を進む。何となく町全体の空気が暗く、そして重い。リンやルカの話によれば、沢山の人が行き交い活気にあふれた町だったらしいが、どうも現実味が湧かない。国外れの田舎なのに、これから帰る港町の方が遥かに賑やかだ。王都から出て進路を南東に向け、広い草原に走る街道をのんびりと進む。
 国を取り戻すなんて大それた事など出来ないが、リンやミクを少しだけ手伝うくらいはできるだろう。
「あの二人、王女様なんだよねぇ……。良く考えたら、レンも王子様だったし」
 だからどうしたと言う訳でもない。身近にいた人がたまたまその立場にいただけ、接し方を変える気などさらさら無い。良い意味で、あの二人は王女には見えない。
 ジョセフィーヌの背に揺られながら、今日の食事当番は誰だろうかと取り留めのない事を考えていた。


ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

むかしむかしの物語 王女と召使 第13話

 ちょっとした裏話 


 情報収集役はグミがやってますが、最初、これはネルにやってもらう予定でした。

 カイト直属の部下として一緒に王都にやってくる→色々あってカイト、メイコ、リン達を繋ぐパイプ役いう感じで。

 設定を変えたことで、ネルの活躍の場が完全に変わりました。




 いざ投稿しようとしたら六千字を超えていて、慌てて本文削ったり変えたりしてました(笑)

閲覧数:642

投稿日:2010/09/19 13:35:39

文字数:5,993文字

カテゴリ:小説

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