スイートルームというだけあって、美木の部屋は豪華だった。 彼女の荷物があちこちに積んであってもまるで乱雑さを感じさせない十分な広さと、一目で値段を考えさせる高価そうな代物でありながら同時に落ち着きや居心地のよさなども与えるナチュラルな美しい置物。シンプルな壁紙が、家具の丁寧で緻密な装飾を引き立てる。 確かこういうインテリアも清水谷が端々までチェックしているとどこかの雑誌で見たことがある。 性格はアレだが、趣味はいいらしい。 私が無作法にも部屋を見回している間に美木はお茶を用意していたらしく、私の目の前にいい香りの紅茶を差し出し、自分も私の向かい側に座って一口紅茶を啜った。
 
「…まず、早速本題に入らせてもらうけれど、無理よ。 残念だけれど貴女をお招きする余裕は無いの。勿論、貴女がどんなボーカロイドを持っていても」
「…どんなボーカロイドを私が所有しているか、清水谷さんは説明されましたか?」
「ええ。旧型二体にVOCALOIDシリーズの二号機、だそうね。 素晴らしいわ、そこまで蒐集するなんて」
 
その上で断っているのだと嫌でも悟る言い方に早くも心がくじけそうになる。 …彼女には本当に時間がないらしい、ここまでさっさと断ろう追い払おうとするとは。 コンサートまで確か数日をきっているから、当然と言えば当然だが。
 
―――すう。 と、息を吸う。
 
いざとなれば使う気でいた切り札だが、実のところは最後の最後まで使う機会など来なければいいと思っていた、私のジョーカー。 しかし―――カイトに悲しい顔はさせられない。 メイコやレン、リンにも、自分たちと同じ、人間にはわからない絆を壊されるのは―――きっと辛いだろう。
 
「………、国が定めたボーカロイドの定義というのは、どのような歌でも教えればどんなものでも歌える、ということです。 例えばアンドロイドがたった一曲歌えたとしても、それはボーカロイドとは言えません。また、アンドロイドの枠組みにも微妙に入りません。一曲だけ歌えるだけの“機械”は、白でも黒でもないグレーゾーンの存在。 簡単に言うなら…人間型の、かさばる、録音再生機ってトコ…ですかね」
「…?」
 
美木が眉を顰めた。 まず、この前フリを打ち切られてしまう前に、ひきつけてしまわなければ。 思考をフルに働かせ、嘘と虚実を織り交ぜ、さも事実のように謳い上げる。
 
「“彼”は自分のボーカロイドを作る前に、試作品として自分のデビュー曲一曲だけを歌う“録音再生機”をオーダーしました。それを元に、更に思い通りのボーカロイドを造った―――というのは、限られた人しか知らない話でして。 その試作品も、ひょんなことから手に入れたものなんです」
「貴女、何を―――」
「大江 修。 …ご存知ですか?」
 
白磁のカップを拾い上げ、口元に運ぶ。 沈黙。はりつめたもの。 ひきつけた後は焦らすのみ。想像力をくすぐり野心を燃え上げさせろ。 そして私には冷静さを。強い香りの紅茶は思考回路をはっきりと明確にさせる。喉にからみつく嫌な感覚を押し流し、出来る限りの聡い女性の笑みを浮かべ、ただ一言。
 
 
「彼の愛したボーカロイド、“ラドゥエリエル”の試作品。 あなたのコンサートに、相応しいとは思いません?」
 
 
国に登録してあるボーカロイドのリストに“ラドゥエリエル”の試作品などのっていない。つまり もしその試作品が国の定めた“ボーカロイド”の規定に入るのならば、不正ボーカロイドを出演させたとして、彼女は望まぬ災厄を招くだけだ。
 
だが、私の話だと、その“ラドゥエリエル”の試作品はボーカロイドの規定に入っていない。 どころか、今や所持していただけでも罰せられるアンドロイドの規定にさえ入っていない、グレーゾーンの録音再生機でしかないという。 ―――しかしそれが意味する価値は計り知れない。 絶大な人気をほこった大江 修と、そして彼の歌のみを歌い続けた今は無き神秘の歌姫、ラドゥエリエル。
 
これが私のジョーカー。
 
「………、いいでしょう。 是非、お招きしたいわ」
「ありがとうございます」
「私をがっかりさせるようなガラクタでないことを祈るわ」
 
真っ赤な唇をきゅうと曲げた美木。 その表情に老いは一切感じられない。 玉の輿にのった慈善家という気侭な響きの肩書きは彼女には似合わない。もっと、危険で、棘のある肩書きの方が余程似合っている。 彼女の笑みに薄く笑顔を返し、また一口、紅茶をすすった。
 
 
 
 
To Be Next .

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

天使は歌わない 28

こんにちは、雨鳴です。
大分前の話数でここを折り返し地点にしたいと言いましたが、
とんでもなかった。このへんが折り返し地点。
ストックがえらいことになってますうわああああ。
でもストックの方は最終話の目処がついたので一安心。
アップしながら回収しそびれた伏線チェックもしていきたいと思います。

今まで投稿した話をまとめた倉庫です。
内容はピアプロさんにアップしたものとほとんど同じです。
随時更新しますので、どうぞご利用ください。
http://www.geocities.jp/yoruko930/angel/index.html

読んでいただいてありがとうございました!

閲覧数:460

投稿日:2009/08/20 10:04:03

文字数:1,887文字

カテゴリ:小説

  • コメント3

  • 関連動画0

  • ヘルケロ

    ヘルケロ

    ご意見・ご感想

    こっちでも悪ノシリーズの続編的なのに天使ができますw
    「何で出てくるの!?」と思ったら

      1/2 http://piapro.jp/content/0y2m6wywk5q4eizd
      2/2 http://piapro.jp/content/xxx17dtfke74v07v

    を見ていただけるとうれしいです           

    2009/08/21 06:48:29

  • 雨鳴

    雨鳴

    その他

    こんにちは、雨鳴です。
    読んでいただいてありがとうございます!

    クール系なおねぇさまイメージですか?(笑)それもいいなあ…
    ラドゥエリエルは話上後々色々出てくるので、どうぞお楽しみに!
    ようやくストック上では最終回書き終えました。四十四話ありました…長いです…

    2009/08/20 23:33:48

  • ヘルケロ

    ヘルケロ

    ご意見・ご感想

    ラドゥエリエル
    大好きです!(大江さんは好きかどうか分かりませんが^^;
    そして、なぜかルカさんのようなイメージがあります

    やっと折り返し地点ですか!?
    てっきりもうクライマックスかと
    長いですね

    2009/08/20 22:38:16

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