…血塗れの女性を公園に放置するわけにもいかないしカイトが喜々としてめーちゃんめーちゃん言ってるので仕方が無いから謎めいた女性をひとまず私の自宅に招く事にした。 なんかもう厄介ごとの匂いしかしないのだけれども、嫌な予感がひしひしとしているのだけれども、それでも第一の厄介ごとは私の邪心が招いたものなのだから報いと言えば報いなのだけれども。 かと言って、もし私が邪心など起こさず今この瞬間カイトがいない未来を手に入れていたとしても、やはり憔悴しているような血塗れの女性を放っておけやしなかっただろう。 なんだかんだ言って私も女だから、同じ女として、放っておけない。
「えーと。…め、“めーちゃん”さん? お風呂入りますか? 話すにしてもそれじゃ落ち着かないでしょう」
「…あ、いえ、濡れたタオルだけいただければ」
「そう、ですか?」
彼女の言葉を聞いて私は少し安心した。女性が血塗れで憔悴してる―――なんて状況で連想してしまうのは「女性にとって最も苦痛な犯罪」のことだったから、風呂が必要ないと言うなら少なくとも原因はソレではないと理解した。 しかし他にも物騒な事件はいくらでもある。彼女に何があったのか詳しく聞いて、すぐ警察に知らせなければ。 いっくら最近冤罪ばかりの信用駄々下がり組織だとは言えちょっとくらいなら役に立つこともあるだろう。
べったりと付着していた酸化し黒ずんだ血液を綺麗に拭い取ると、魅力的な顔立ちがはっきりと現れた。何と言うか…私には無い妖艶な色気がそこはかとなく滲み出てるような大人の雰囲気。そんな女性と、(情けないとは言え黙っていれば綺麗な顔をしている)カイトと、私という、並べてみるとどう考えたって私みたいなごく一般的な顔の人間は浮いてしまう屈辱的な状況の中で、まず話を切り出したのは女性の方だった。
「…商品コード25220、VOCALOID NAME MEIKO、です」
「え」
だから“めーちゃん”か。 てか、ボーカロイドってか! MEIKOなんてボーカロイド、国のリストにのっていただろうかと考えていると、カイトがなんでもないことのように「僕より先に、同じ場所で作られたんだよ」と言ったので、このメイコとやらもカイトと同じ不正に所持されているボーカロイドである可能性があると考え付いた。 工場はボーカロイドを作って売ったはずなのに登録していないことに気づけば国に密告する。それをしなかったということは、金持ちからの口止め料を受け取ったか何かで口を噤むような工場ということ。寧ろそういう商売を専門にしていたっておかしくない。
「…ふう。あの、私は、常磐です。若草 常磐。 色々あってカイトを保護してます」
「…カイトのマスターですか?」
「んにゃ。友人。もしくは知人」
メイコは私の言葉にきょとんとし、小首を傾げた。そうすると大人の雰囲気がいくらか薄れ、とっつきやすい幼さを感じた。自分の中にあった堅苦しさがそれでいくらか薄れた。 メイコへの質問を更に続けようと、私は言葉を重ねる。
「で。メイコ…さんは何故にあそこに…? あなたがボーカロイドなら、あの血は一体…」
「マスターの血です。マスターは死にました。殺されました」
「………」
事務的な返答。何も浮かばない虚空の双眸。 それが余計に薄ら寒く響く。 ごくん、と、飲み込んだ唾が思っていたよりも大きな音をたてて胃へねっとりと落ちる。 一言でも喋ることが恐ろしくなるような重く痛い沈黙にも関わらずメイコはやはり無感情に“アンドロイド”らしく言い放つ。
「頭の天辺から爪先まで黒い格好をした男性です。突然やってきて、あっと言う間にマスターを刺し殺しました」
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雨鳴
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ご意見・ご感想
雨鳴
その他
こんにちは、雨鳴です。
読んでいただいてありがとうございます!
カイトを黙らせたら途端にスムーズにシリアスに出来たという(笑)
シーマスにのしつけて渡すハメにならないよう
カイトも役立てたいと思います…!
2009/08/01 10:16:43
ヘルケロ
ご意見・ご感想
ヘルフィヨトルです。
もうシリアスすぎて怖いです><
カイトはやっぱり黙らせておくか、シーマスに預けるべきかとwww
2009/08/01 07:38:43