リンとレンの問題はやや複雑だったが何とか解決した。 殺気だった清水谷も、流石にリンが持ち出した「機密」が後ろ盾だと思い通りにはいかず、歯噛みしながらリンとレンの所有権を私に譲った。 覚えていろよとの捨て台詞でも言いそうなご乱心ぶりだったが、リンが顔を出し、自分の思いをはっきりと清水谷に告げると、彼の殺気もやや治まった。 手をつけていなかったお茶に静かに口をつけ一口含み、魂でも吐き出しそうな重いため息をつく。
 
「………、君も、気づいてるんじゃないか」
「何を?」
「ボーカロイドは、他のアンドロイドとは、違うと」
 
清水谷の言葉は、他の人間ならば首を捻るものだったが、私にはなんとなく解る気がした。 ボーカロイドは、違うのだ。 アンドロイド全盛期、幾多の種類のアンドロイドと接触したが、そのどれもが人間に近い外見をしていても人目でアンドロイドだとわかる冷たいものを感じさせた。
 
だがボーカロイドはどうだろう。 人間に近い見た目、というだけではない。内側から滲み出る暖かさ、ちょっとした仕草、何より表情に血肉の通った柔らかな何かが宿っている。 それはまさに人間のそれだった。そしてその心は人間などよりはるかに真っ直ぐで、偽らない。
 
「…歌は。 …言霊として、彼女たちに何かを与えたのかも、しれない」
「………」
「歌が彼女たちに心を生んだんだよ。 …天使のような心を」
「…あなたらしくもない」
 
そう言いながら、不思議と清水谷の言葉に納得している自分がいた。 言葉は言霊。だからみだりに悪しき言葉を口にしてはいけない。 歌は人の想いが込められた沢山の言葉で出来ている。それを口にしたボーカロイドが、自然にその想いを身につけたのだとしたら、彼らの他のアンドロイドにはない人間らしさも理解できる。 清水谷は掌で顔を多い、誰に向けるでもない囁きを零す。
 
「…そのリンに拒絶された。 私は…いいマスターだと思っていたんだ。 歌を捧げて、出来る限り彼女の願いを叶えて。 レンがいなくても、いずれ私が彼女の“対”になれると思ってた。…何が何でもなる気でいた」
「…無理ですよ。彼女たちは、双子なんですから」
 
割り込む余地など無い。強い深い絆で結ばれた「対」のボーカロイド。どれだけ薄汚い人間が澱んだ想いで引き裂こうとも、真っ直ぐな想いは澱みを跳ね除けお互いを引き合う。 決して離れる事など無い。 清水谷は「どれだけ人間らしくても彼女はやはりアンドロイドなんだ、」と自嘲気味に笑った。 変わることのない思いは、移ろい続ける人間には縁遠いものだから。
 
「二人の幸せを願ってあげてください。変わらずに。 彼女が“天使のような心”を持っているなら、いつかわかってくれますよ」
「他人の幸せなんて嫌いだよ」
「他人を幸せにするのが仕事でしょう、あなたは」
 
ホテルというのは人が行き交う場所、誰もが心と体を休め力を得る場所。その経営者が他人の幸せを疎んでいるようじゃどうしようもない。 ロリコンマスターは、どうやら本気で人間の女に寄せる想い以上の感情をリンに感じていたらしい。 ボーカロイドに振り回されるドンファン。普段なら大爆笑できたのに、今は何故か笑えそうになかった。
 
彼の今の姿は、未来の私だろうか。 人のような彼らを 人のように愛する私の、未来の。
 
 
 
 
To Be Next .

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

天使は歌わない 22

こんにちは、雨鳴です。
これでようやく鏡音編終了です。
ワンクッションはさんだらいよいよラストに向かうまで!
…伏線回収がんばります。

今まで投稿した話をまとめた倉庫です。
内容はピアプロさんにアップしたものとほとんど同じです。
随時更新しますので、どうぞご利用ください。
http://www.geocities.jp/yoruko930/angel/index.html

読んでいただいてありがとうございました!

閲覧数:513

投稿日:2009/08/14 10:14:33

文字数:1,409文字

カテゴリ:小説

  • コメント2

  • 関連動画0

  • 雨鳴

    雨鳴

    その他

    こんにちは、雨鳴です。
    読んでいただいてありがとうございます!

    清水谷は大丈夫です、タダじゃ転ばない男ですから…!
    そして主人公も彼に対してタダじゃ同情しない女なので(笑)

    2009/08/16 15:13:23

  • ヘルケロ

    ヘルケロ

    ご意見・ご感想

    これからが楽しみですね
    でも、あのリーアムさんがなぜか少し可哀そうです

    2009/08/15 13:18:19

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