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狂ったように、帯人はアイスピックをリンにむけて振りかざした。
リンはとっさに包丁でそれを防ぐ。
しかし、帯人のほうが圧倒的に強かった。
数歩、リンは下がって体勢を立て直す。
その瞬間、はじかれたように帯人が私の手を引いて走り出した。
灰猫も先頭を走る。
「雪子、怪我は!?」
「大丈夫。服が切れただけ...優しい傷跡-魔法の音楽時計- 第07話「みんなの声」
アイクル
鏡音レンがふと、こちらを見る。
「…あなたは生存者? それとも、リンちゃんの夢?」
首を横に振る。
このとき、初めてレンの声を聞いた。
「自分の意思。俺はいたいから、ここにいる。
リンを一人にできない。…それにここなら、彼女は動ける。
自由に歩けるし、笑えるから」
自虐めいた笑みをむける彼。
そ...優しい傷跡-魔法の音楽時計- 第06話「絶対に助けるから!」
アイクル
ハァ、ハァ、ハァ。
涙がとまらなかった。
怖くて足が震えた。でも、とにかく前へ。
足を止めたら、駄目だと思った。死んでしまうのは確かだ。
ほんと。…どうしてこうなっちゃったんだろう。
それは数分前。
私と帯人そして灰猫が、鏡音リンと対峙したときのことだった。
血だらけのハクちゃんとネルちゃんを紹介し...優しい傷跡-魔法の音楽時計- 第05話「彼女の悲劇」
アイクル
光の中に包まれて数秒後、私たちは地面に足をつけた。
まるで霧が晴れていくように、まぶしい光は消えていく。
やっとしっかりとした視覚を取り戻したとき、私はハッとした。
「学校だ」
そこは、クリプト学園だった。
窓の外には満月が顔を出している。
どうやら夜のようだ。
電気が一つもついていない学校は、月明...優しい傷跡-魔法の音楽時計- 第04話「とある少女の庭」
アイクル
重たいまぶた。
まだ寝ていたい。すごく眠たい。
けれど、それじゃあダメだと頭の中の理性が訴える。
私はゆっくりと目を開けた。
そこは図書室ではなかった。
赤と黄色を基調としたおしゃれな部屋で、西洋のオブジェやアンティークな
小物が並んでいる。
蓄音機から流れるジャズが耳に優しい。
目の前におかれた紅...優しい傷跡-魔法の音楽時計- 第03話「夢の世界」
アイクル
かちかちかち。
そんな音を立てながら、懐中時計は青年の手の中で動いている。
青年はその懐中時計を差し出して、人差し指でかちゃりと開けた。
そこには、ひび割れた文字盤があった。
「少々、お時間宜しいでしょうか」
「…あなたはいったい…」
なぜか、目の前にいる《人》が人ではない気がした。
スーツの青年の...優しい傷跡-魔法の音楽時計- 第02話「灰色の猫」
アイクル
翌日。
雪子と帯人は一緒に学校へ行った。
その日は休日だったから、私服で入校できた。
休日だというのに、人々は多く図書館を利用していた。
私の背の三倍もある本棚に、ぎっしりと敷き詰められた本の数々。
貴重なものまであるらしいけど、あんまり詳しくない。
彼は目をぐるぐるさせていた。
思わず笑ってしまっ...優しい傷跡-魔法の音楽時計- 第01話「伝言」
アイクル
その日は雨だった。
雪子と帯人は、いつものようにコンビニで買い物をして帰っていた。
傘にはじかれた雨が単調なリズムを刻む。
その音はとても好きだ。
でも、帯人は「雨は苦手」だと言う。
…おそらく、あの日も雨だったから。
受け入れたはずの過去。
でも、どうしても心にわずかな傷を与える。
ときどき疼くそ...優しい傷跡-魔法の音楽時計- 第00話「プロローグ」
アイクル
彼女の手は小さかった。
まるで子どものようで、愛らしくて。
僕はその手をぎゅっと握った。
手袋越しに感じたぬくもりが、僕の冷たい手に伝わる。
―ここちよいのに、なぜかせつなかった。
クリスマスツリーまで、あと少し。
僕らはゆっくり歩いた。
ここまで来ると、彼女も感づいてしまったらしい。
そしたら、余...優しい傷跡 番外編3「ずっとずっと、」
アイクル
翌日。
僕は食事の後、「外へ出よう」と彼女を誘った。
彼女はいつになく長い時間をかけて服を選んでいたみたいで、
約束の時間よりけっきょく五分ほど遅刻してしまった。
でも、今日の君、いつにもまして可愛いよ。
「あ、雪―」
「…本当だ」
神様、気を遣ってくれたのかな…。
見上げれば、夜空さえ彩るイルミネ...優しい傷跡 番外編2「このまま、そのまま―」
アイクル
某日。特務課にて―。
「…つまり、君は僕にアドバイスを求めてここに来たってわけ?」
「……はい」
僕はこの日、ある用があって特務課を訪れた。
警視庁特務課はけっこう独立した組織らしくて、
僕が突然訪ねたというのに、すんなり僕を部屋へ招き入れてくれた。
メイコさんから聞いた。
カイトさんも実はボーカロ...優しい傷跡 番外編1「決戦は明日!」
アイクル
旧館の火事から、一週間が経った。
そんなある日。
雪子と帯人は休日を利用して、ある場所へむかっていた。
「帯人ぉー」
「…ん?」
「口の周りに、アイスクリーム。ついてる」
「……あ」
帯人はそのまま袖で拭おうとするものだから、
雪子は慌ててハンカチを取りだした。
「ちょっと、顔貸して」...優しい傷跡 第21話「優しい傷跡」
アイクル
開いた非常口。
帯人に抱き上げられた雪子は、キクの袖を掴む。
「行こうよ。キクちゃん」
キクはまた泣いていた。
「雪子ちゃん。ありがとう」
「え?」
きょとんとする雪子。その表情はとても可愛かった。
「雪子ちゃんと会えて、本当によかった」
「なに言ってるの…? ほら、早く行かないとッ!!」
「ごめん...優しい傷跡 第20話「もっと はやく あなたに」
アイクル
本当はね。
最初から、わかってたの。
自分のやってることの異常性と、無意味さが―。
でも、自分でもこの思いを制御できなくて
殺人衝動だけが増幅されていって
どうしようもなくて
止まらなくて
――泣きたかったの。
斬りつけ合うなかで、キクの動きが鈍くなった。
その一瞬を帯人は見逃さなかった。...優しい傷跡 第19話「なみだ」
アイクル
予想以上に火の勢いが強い。
煙が充満してきて、酸素がどんどん奪われていく。
息苦しい―。
ちらりと帯人を見た。
彼は苦しそうな顔をいていたけれど、息苦しいという感じではなさそうだ。
ボーカロイドには、どうやら酸素は必要ないらしい。
気づかれないようにしよう。
気を遣ってくれたら、なんか、情けないから...優しい傷跡 第18話「僕らの意志と交差する願い」
アイクル
キクの記憶の断片が、メイコの脳に流れ込む。
それはあまりにも悲しくて―。
「どいてッ!」
キクが力一杯メイコを蹴り飛ばした。
もろにくらったメイコは痛みのあまり、うずくまった。
キクはゆっくりと立ち上がる。
「さよなら」
「ま、待ちな、さい…ッ!」
「…」
メイコの言葉を返さず、キクは静かに窓辺に近...優しい傷跡 第17話「今度は私が護ってあげる」
アイクル
マスターは、私に優しくしてくれた。
キクという可愛い名前をくれた。
大好きだった。
寝付けない私のために、彼はいつもホットミルクを作ってくれた。
コップに注がれた暖かなホットミルクはとてもおいしかった。
彼は喜ぶ私を見て、よく笑っていた。
その笑顔が大好きだった。
歌を上手く歌えない私を責めることな...優しい傷跡 第16話「記憶」
アイクル
ベランダから飛び降りた帯人と雪子を見届けて、メイコはゆっくりと
立ち上がった。
キクはベランダを見つめたまま、じっとしている。
その口だけは動き続けていて、まるでなにかを唱えているようだった。
「残念だったわね。……あんたの相手でもしてあげる」
そう言うと、ぼんやりとした瞳をこちらにむけるキク。
「...優しい傷跡 第15話「本音が知りたいから」
アイクル
「動くなッ!」
銃声とともに、振り上げられていた斧は弾かれて、
部屋の隅に転がっていった。
声の主は、メイコ姉さんだった。
銃を構えたまま、キクをにらみつける。
「次は腕が吹っ飛ぶわよ」
「ふっふふっふっふふ。脅しのつもりですかー?」
キクはメイコを見て笑う。
メイコはいらだちのあまり顔を歪ませる。...優しい傷跡 第14話「僕が必ず、護りますから」
アイクル
「危ないッ!」
帯人はとっさに私をコートで包み込む。
そのおかげで私は降り注ぐガラス片で怪我をすることはなかった。
でも、コートの隙間からたたずむ少女の姿がしっかりと見えた。
「なんで?なんでよ」
彼女自身、ガラス片によって腕を切っていた。
不凍液がまるで血のように腕を伝っている。
「ありえないでし...優しい傷跡 第13話「わたしの決意」
アイクル
「ぼくは、あなたのことを愛しています」
そう言った、彼の瞳は虚ろだった。
けれど温もりのある声だった。
だから、私はそっと手を伸ばして彼の頬をなでた。
私の行為に彼は驚いているみたいだったけど。
「帯人」
「……」
帯人の頬は暖かい。
ボーカロイドと人の境目なんて、ずっと昔から、ないのかもしれないね...優しい傷跡 第12話「家族」
アイクル
窓から差し込む光が鬱陶しかった。
すごく、すごく、嫌だった。
僕を見て、マスターは脅えた顔をした。
ちょっと震えていた。
僕はそんなマスターに手を伸ばした。
耳もとから、あごのラインをなぞって、唇にそっと触れた。
僕の唇とは全然違った。
柔らかいんだね、マスターの唇。
ちょっとだけ、泣きそうになった...優しい傷跡 第11話「告白」
アイクル
警視庁特務課。
急増したボーカロイドに関連する事件を専門に扱っている。
特務課の部屋に戻ってみると、コーヒー片手にカイトが待っていた。
カイトという男は、仕事仲間でべつに彼氏ではない。
腐れ縁というか、なんというか。…とにかくバカには違いない。
「なに?急に呼び出して…」
メイコの帰りを待ちわびてい...優しい傷跡 第10話「少女の現実逃避」
アイクル
その後、数分メイコ姉さんと話した後、彼女は呼び出されて行ってしまった。
彼女は「元気な顔が見れて安心したわ」って言ってこの場を後にした。
私は彼女の後ろ姿を見送った後、
別室に押し込んでいた帯人のもとへむかおうとした。
そのはずだった。
別室への扉のドアノブを握ったとき、すごく不安な気持ちになった。...優しい傷跡 第09話「壊れ出す」
アイクル
この状況を説明するのに小一時間。
帯人を別室に押し込んで、メイコ姉さんにこれまでのことを話した。
傷だらけで倒れていたこと。
それを拾ったこと。
帯人のマスターになったこと。
そしたら、ものすごく懐かれてしまったこと。
すべてを話し終えると、メイコ姉さんは頭を抱えているようだ。
「つまり、雪子はあっ...優しい傷跡 第08話「エラー、崩れ出す音」
アイクル
今日は日曜日。
だから目覚ましだって黙り込んでいるし、
朝日だって、無視しても怒りはしない。
いつまでも寝ていられる♪
最高だね!
…って、はずなのに。
…………めちゃくちゃ寝苦しい。
私は重いまぶたをゆっくりと開いた。
「んぅ~…」
ぼやけた視界。...優しい傷跡 第07話「おはようございます」
アイクル
私はコンビニによってアイスを買った。
なにが好きなのか、わからなかった。
だから、ちょっと高めのバニラアイスを買ってみた。
喜んでくれるかな…。
その日、私はいつもより歩幅を広げて歩いた。
でも、それだけじゃあ足りない気がした。
もっと早く帰りたい。
もっと、もっと、もーっと早く。
だから、私はルー...優しい傷跡 第06話「アイスクリーム」
アイクル
ひとりぼっちで残されて。
すごく寂しくて。
昨日、抱きしめた温もりが忘れられなくて。
人肌ってあんなに優しいんだと、やっと気づいた。
ねえ、マスター。
僕は、僕は、僕は、僕は。
あなたがここにいないと、息ができなくなりそうなんだ。
今にも泣いてしまいそうで、
苦しくて傷が疼いて。
僕は何度何度も、傷...優しい傷跡 第05話「赤い少女」
アイクル
帯人が我が家を訪れてから、数日が経った。
毎朝、帯人の包帯を巻き直してあげるのが私の日課だ。
まだちょっと恥ずかしいけれど。
彼はボーカロイドなのだから、包帯なんて巻かなくていい。
本当はそうなんだけど、帯人は包帯をよっぽど気に入ったみたいで
決して解こうとはしなかった。
「なぜ?」って聞いても、答...優しい傷跡 第04話「クリプト学園」
アイクル
テレビから絶えず、この激しい雨のニュースが流れていた。
騒がしい中継の音が、落ち着いた部屋に響いている。
私はテーブルの上にレモンティーの注がれたティーカップを置いた。
帯人は恐る恐るそれを手にとると、ゆっくりと口元に運ぶ。
「暖まるでしょ?」
そう尋ねると、彼はこくりとうなずいた。
わずかに口元が...優しい傷跡 第03話「ボーカロイド」
アイクル